「建て貸しという方法があります」
先輩の開業医に紹介されたのは、コピー機で有名なR社のRリースだった。Rリース社の営業の青年は夜遅くに大学病院まで説明に来てくれた。フットワークも軽いし、話してみると明朗快活で、若いが自信をみなぎらせている印象だった。
Rリースさんが尋ねる。
「開業までのタイムスケジュール感は分かりました。で、先生はどんな感じのクリニックを希望していますか?」
「希望も何もお金がないので……ビル診しかないと思っています」
「建て貸しという方法もありますよ」
初耳である。
「なんですか、それ?」
「先生が希望の土地を選んで、地主の大家さんにクリニックを建ててもらうんです。そして先生は大家さんに家賃を払って診療するんです。クリニックは先生の望み通りの大きさ、間取りになります。ビル診より楽しく仕事ができますよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。それって一体いくらかかるんですか? 本当にお金がないんです」
「ビル診よりかは少し出費が多いかもしれませんが、自分で土地を買って、自分で建物を建てるよりはるかに安いですよ」
なんと。そんなシステムがあったのか。あの狭くて暗いクリニックが脳裏に浮かぶ。うう、いやだ。穴蔵のような狭いスペースで一生仕事をしたくない。
借金が返せるくらいは患者さんが来てくれるのだろうか
しかしぼくの心配は、Rリースさんに借りたお金を返せるかどうかにあった。開業医というのは、自分のクリニックを始めるときに、それまで働いていた病院に通ってくる患者をごそっと自分のクリニックに連れてくるという話をよく聞く。
だがぼくの場合、大学病院で診ているのは、小児がんとか、先天的な異常に基づく内臓の病気の手術後とかばかりで、小児科を標榜する予定のぼくのクリニックで診るのは無理がある。いや、診てもいいのだが、それって患者のためにならないのではないか。それよりゼロから始めた方がいいような気がする。
となると、ぼくが始めるクリニックは、地域の人たちにとってまったく未知の医療機関になる。ドカーンと患者が来なくてもいいが、全然来なくて潰れそうになるのも困る。借金が返せるくらいは来てくれるのだろうか。全然分からない。