開業コンサルタントも引き受けるリース会社がある

しかし人生、どう転ぶか分からない。体が弱かったぼくは、44歳の春に開業しようと決めた。それしか選択がなかった。その辺の事情は『患者が知らない開業医の本音』(新潮新書)に詳しく書いた。そうすると、自己資金が200万円のぼくは、ビル診しか選択肢がない。土地を買って、建物を建ててなどは、到底できるはずもない。

そうか、あのときに見た先生のように、狭く、暗い所で裸足で診療するのか……と思うと、強烈に憂鬱ゆううつになった。でも諦めるしかない。ビル診でも何でも、とにかくどういう手順で準備をすればいいか全然分からない。そこで友人の開業医たちに、開業するための準備の仕方を教わった。

開業の第一段階は資金調達。医療に特化したリース会社があり、開業コンサルタントも同時に引き受けてくれるということが分かった。ぼくはまずZリース会社の人に話を聞きに行った。

Zリースの支社に行くと3人の若手営業マンがいた。彼らは、いきなりお金の話を始めた。ビルを借りるのにいくら、内装工事にいくら、医療器具を揃えるのにいくら、患者が何人来て収入がいくら……そうすれば何年後にはこれだけのお金がドカーンと貯まりますよという話がどんどん進んでいく。「もう、爆発!」とかあおってくる。

営業マンが話をするイメージ
写真=iStock.com/takasuu
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「ドカーンと患者さんに来られても困る」

ちょ、ちょっと。これではまるで洗脳セミナーではないか。ぼくは別にお金が欲しいわけではない。金持ちになりたくて開業医になりたいわけではない。これはちょっと違うなと思い、ぼくはZリースとの話に積極的になれなかった。

自宅に帰って妻と話し合ったが、やはり妻も「儲け話」には興味がなかった。この話は放っておこうと思った。ところがしばらくすると、Zリースからメールが来た。そこにはこうあった。

東京都杉並区で今度新規に産婦人科クリニックを立ち上げる。この地域は、人口に対して産婦人科が少ない。かなりのお産の数が見込まれる。その産科の先生は、1カ月健診をやってくれる小児科の先生を探している。どうですか? その産院の隣のビルで開業しませんか? ドカーンと赤ちゃんが来ますよ。

東京かあ。ぼくは千葉市在住。千葉市から杉並区まで一体どれくらい時間がかかるんだろう。若いうちはいいかもしれないけど、やがて歳を取ったらとても東京まで通えないんじゃないかな。それに、ドカーンと患者さんに来られても困る。ぼくは地に足をつけてゆったりと仕事をしたかった。妻と話し合ったが、その話は断った。Zリースさんとは相性がよくないのかもと思った。