なぜ最大の危機をチャンスに変えたのか

チャンスは変化や危機の中にこそある。それをとらえられなければ、企業価値の増大も成長も不可能です。4年前、私が企画担当役員だった頃、保険金の支払い漏れで業務停止命令を受け、会社は、創業以来最大の危機といえる状況の中にありました。すぐに対応策を議論しましたが、結果は「商品・サービスの品質を競争力にする新しいビジネスモデル」というものが共通の認識となりました。危機を好機ととらえ、ゼロからやり直してみようという考えでした。当然、目先の数字や成長を抜きにして大丈夫かという声はありました。でも、マーケットインの発想を突き詰めればそれしかないという結論でした。

そして、当時の社長と会長が1からスタートすることを決断してくれました。結果、他社に先駆けた新しいビジネスモデル「品質向上運動」や商品、販売、損害サービス、事務・システムの「4つのイノベーション」を新たな戦略としてすべてのステークホルダーに対して打ち出すことができました。

業務品質の向上を最優先としたため、一定の成長を犠牲にせざるをえませんでしたが、それが今の成長につながったと思います。

私は、入社以来、営業部門と企画部門との間を出たり入ったりした会社生活を歩んできました。当時、損保の商品は、どの会社も内容はほとんど変わりがありませんでした。その中で学んだことは、あえて他社に抜きん出るには、情報の正確さとスピードしかないということ。一刻も早くジャッジを下し、他社より一歩早くやる。これをしつこいほどに繰り返すしかないのだと学びました。

これからますます世界はスピードを上げて変化していくことでしょう。企業のビジネスモデルが似通ってくるのは仕方がないことです。そうなると、一つの価値観だけに固執せず、二律背反の現実や矛盾を受け入れることも必要になってきます。

「社員はジェネラリストに育てたほうがいい」という考えに対して、「スペシャリストとして専門性を磨くべき」という考え方があります。また、プロジェクトを進める際に「計画はよく練り上げたほうがいい」ことは当然ですが、状況の変化を捉え「臨機応変に対処すべき」というのも正しい考え方です。いずれも、どちらか一つの考えが完全に正しいというものではないでしょう。このような二律背反する概念を己の中でマネージし、時と場合によって臨機応変に対応していく柔軟さが、特に管理職には求められる時代になっている。

「自分はなぜこの仕事をしているのか」「わが社は何のために存続しているのか」といったことを常に己に問いかけ、ぶれない軸・価値観を培うことです。そこで初めて物事の本質が見えてくると思います。

また、人と話すとき、相手が本質的に何を考えているのかを感じ取る努力をすることも大切です。まずは、話すよりも「聞く力」を身につけることだと思います。

そのためには話しかけやすい雰囲気を意識してつくる。私自身、少し気が短いところがあると自覚しているからこそ、報告を受けるときは、どんなときもまず笑顔で迎えることにしています。そうしないと職位が上にいくほど、正確な情報が上がってこない「裸の王様」になってしまう。特に悪い報告ほどきちんと聞く姿勢を見せるようにしています。悪いニュースを解決することこそが、権限と表裏一体の責任、トップにとって最も大切な仕事なのですから。

※すべて雑誌掲載当時

三井住友海上火災保険社長 柄澤康喜(からさわ・やすよし)
1950年、長野県生まれ。75年、京都大学卒業後、住友海上入社。企画畑中心にキャリアを積む。2008年、取締役専務執行役員、10年4月より現職およびMS&ADインシュアランスグループホールディングス取締役。
(木下明子=構成 大沢尚芳=撮影)
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