人生初の心療内科へ

帰り道、いつもはセカセカ歩く吉野さんだが、その日は長女と並んでトボトボ歩いた。

「今までごめんね。エネルギーが切れてたなんて気付かなくて、ごめんね。学校に行く話ばっかりして、ごめんね。今日からは学校のことなんか忘れて、ゆっくりしていいんだよ……」

吉野さんが謝ると、長女は何も言わず、ただほっとしたような表情を見せた。

しかし吉野さんの試練は始まったばかりだった。「ゆっくり休ませてください」を、忠実に守ろうとするも、焦りを感じてしまう。1週間経つ頃には、焦りは苦しみに変わっていた。

「誰かに聞いてほしい」と思うものの、「みんな幸せそうに見えて、聞いてくれる友だちなんて思い当たらない」。苦しくて相談員に電話すると、「お母さんにも、心の拠り所があったほうが良いかもしれません」と言って、児童心理に詳しい心療内科を紹介してくれた。

予約した時間に行くと、医師は黒い革張りの椅子に座って、3mほど離れたところにある小さな丸椅子を勧めた。

医師はいろいろな質問をし、吉野さんはそれに答えていった。ひとしきり話し終えると、医師は、「お母さん、大丈夫。あなたは悪くない。決してあなたのせいじゃないですよ。だから自信を持って、前向きに行きましょう! 自分を責めてはいけません。辛くなったらまたいらっしゃい」と言った。

吉野さんは首を傾げながらお礼を言い、会計で6000円ほど支払った。

「医師の言葉は、『自分のせいだ』と自分を責めて苦しい人になら胸に刺さるのでしょうけれど、このときの私は自分が悪いとは思っておらず、解決方法を求めて受診したので、『これで6000円?』という疑問しかありませんでした」

「消えたい」

不登校になってから長女は、朝起きて朝食を摂ると、そのままリビングで一日中YouTubeを見ていた。長女はボーカロイドの曲をよく聴いていたが、吉野さんはボーカロイドの人工的な声が苦手だった。

私の娘は現在小学校6年生だが、やはりボーカロイドの曲をよく聴いている。そして私も、その人工的な声が好きではない。ただ、ボーカロイドの曲には、思春期の子ども特有の悩みや葛藤を赤裸々に表している曲が多く、ティーンエイジャーに受け入れられるのもよくわかる気がする。

不登校から4カ月ほど経ったある日、仕事から帰った吉野さんは、ボーカロイドの曲を聴いている長女の側に珍しく腰を下ろした。すると、そのボーカロイドの曲の歌詞が、スッと耳に入ってきた。

少し歩き疲れたんだ 少し歩き疲れたんだ
月並みな表現だけど 人生とかいう長い道を
少し休みたいんだ 少し休みたいんだけど
時間は刻一刻残酷と 私を引っぱっていくんだ

不登校になってから長女は時々、「消えたい」と口にした。「死にたいのではなくて、消えたい」「死ぬ勇気はないから、いつのまにかふっと、自分の存在が消えたらいいのに」とつぶやいた。それを聞いた吉野さんは、「何年も辛い学校生活を送ってきたのだから、生きていたって楽しいとは思えないのだろう。そのくらい辛いから、『学校へ行くエネルギーなんてないけど許して』ということかな」と考えていた。

夢だとか希望とか 生きてる意味とか
別にそんなものはさして必要ないから
具体的でわかりやすい 機会をください
泣き場所探すうちに もう泣き疲れちゃったよ
(作詞・作曲・編曲:すこっぷ 唄:初音ミク)

気が付くと、吉野さんは号泣していた。びっくりした長女は、慌てて自室に居る次女を呼びに行った。

「長女の気持ちがこの曲に凝縮されている気がして、歌詞と曲が胸に突き刺さってきたのです……」

後で長女に曲のタイトルをたずねると、『アイロニ』と答えた。

『アイロニ』を調べてみると、2015年にニコニコ動画で100万再生を達成した曲であり、現在はたくさんのシンガーにカバーされていることがわかった。悲しげなメロディで始まり、サビの部分では“誰か”に対して「バカ!」「ヤダ!」という強く真に迫るような歌詞が印象的だった。

自分が経験していない感情を本当の意味で理解することは難しい。吉野さんは長女の気持ちを頭では理解しているつもりになっていたが、本当の意味では理解できていなかったのだろう。しかし、『アイロニ』の曲の世界に引き込まれることによって、長女の感情を心で理解したのだ。