※本稿は、渡辺弘美『テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
2010年代半ばあたりから注目度合いが急速に高まっていった
私がアマゾンに入社した当時は、公共政策チームはビジネスの支障になり得るような法制度上の問題のみに注力していればよかった。だが、2010年代半ばあたりから世界的に規制当局や政策立案者のテック企業に対する注目度合いが急速に高まっていった。
英語圏の辞書によれば、テックラッシュとは「特に個人情報の管理、ソーシャルメディア、オンラインアクセスやコンテンツの規制などに関する、テクノロジー大企業の広範囲に及ぶ権力と影響力に対する強くて広範な否定的反応」と解説されているが、私としては「強くて広範なきわめて政治的な動機による否定的反応」と追記したい。
最近、米国ではいわゆるGAFAやマイクロソフトを加えたGAFAMという言葉を使わず、これらにテスラとエヌビディアを加えた7社を「マグニフィセント・セブン(Magnificent Seven、荒野の七人)」と呼んでいるようである。テックラッシュは、これらのうちグーグル、メタなど一般消費者向けにサービスを提供しているテック企業に顕著に生じている。アマゾンの場合には、主としてビジネス向けの事業であるアマゾン ウェブ サービスよりも、アマゾンドットコムのような一般消費者向けのインターネットショッピング事業のほうがメディアなどによる批判が強い。
テックラッシュの背景には「不安や不信」がある
アマゾンの場合、おそらくテックラッシュの背景には、事実に基づかないものも含め、メディアや一般消費者が抱くさまざまな不安や不信があったろうと思われる。
例えば、いわゆる市場支配力の大きさ、ジェフ・ベゾスの巨額の個人資産、アマゾンの物流センターや配送網における労働条件や国際的な税負担に対する懸念、各地域のハイストリート(繁華街)に与えている影響、アマゾンが新興国や新しい市場セグメント(食品、薬局、映像制作、アレクサなど)に参入する際の既存勢力からの抵抗、アマゾンのマーケットプレイス上の販売事業者のコミュニティからの懸念の声、セーフガードなしに自国に中国製品が流入することを可能にしている元凶などなど。
特に、欧州では、国によって温度差があるとは言え、欧州の戦略的自律性をめざすフランスを筆頭に、「ローカル対グローバル」「伝統対革新」「独立系企業対巨大テック企業」「持続可能性対過剰消費」「社会的絆対デジタル」といった単純な二元的対立軸の一方とみなされ、反アマゾンの気運が徐々に高まっていった。欧州からの逆風は他国にも伝播し、自国にデジタル・チャンピオンがいないのは米国のテック企業のせいであるという感情に加えて、主として雇用条件、納税、環境問題、競争問題に関してアマゾンは今でも広く批判にさらされている。