名作の一文目には「謎」が含まれている

それでは、どんな出だしが良いか、考えてみましょう。

詩や俳句や短歌と違って、小説の文章が暗記されることはそれほど多くはありません。ただし、一行目は別です。そらんじられる小説の出だしが、みなさんにもいくつかあるのではないでしょうか。

吾輩は猫である。
メロスは激怒した。
きょう、ママンが死んだ。

これらは有名すぎる小説の冒頭ですね(上から、夏目漱石『吾輩は猫である』、太宰治『走れメロス』[新潮文庫]、カミュ『異邦人』[窪田啓作訳、新潮文庫])。短い文章ばかりで覚えやすいということもありますが、こんな一行を書いてみたいものです。

小説の出だしとして、この三つの文章に共通することを考えてみますと、キーワードはやはり「謎」ということになるかと思います。

どの文章も、読んだだけで、「どういうこと?」という謎が浮かびませんか?

つまりは、“断言しているにもかかわらず謎のある文章”というのが、小説の一行目を書くコツと言って良いでしょう。

草の上に寝転んで本を読む人
写真=iStock.com/kohei_hara
※写真はイメージです

読者がページをめくりたくなる理由

結局のところ、小説の方法論で一番大きいものは、「未来(結果)が知りたい」「過去(理由)が知りたい」という“謎解き”で読者の心を摑んでいく、ということなのです。どんなテーマや内容の小説でも、学術論文や新聞記事でも、同じです。読者は“それ”を知りたいからページをめくります。

その究極が、小説の一行目だと思ってください。意識するのは、謎を含む文章、ということだけです。最初だからついつい何かを説明しようとしてしまうのですが、それは二行目以降に任せて、何かを言い切って、なおかつ謎があると良いです。

以下は僕の小説のワークショップで、生徒さんが書いた小説の一行目です。

この街で唯一の窓から光が差し込んでいた。

眉毛のカットお断り。店のガラス張りのドアにはそう貼り紙がしてあった。

煙突の先端でワンピースが翻った。

イタリアに行くと男はみんなジョーになる。