外国人には「子ども扱い」されているように感じる

それは個人主義が徹底された欧米の人にとっては正直ウザい。彼らからすれば「私はいちいち行動に指示されたくない」「私は子ども扱いされたくない」となる。その象徴が「過剰アナウンス」によーく表れているのだ。

電車に乗ると車掌ないしは自動アナウンスが延々と喋り続けている。次の駅名とどちらのドアが開くかを伝えるのは、誰にとっても、特に視覚障害者には重要なこと。しかし、「一人でも多く座れるように座席は詰めろ」「ドア付近の人は一旦ホームに降りろ」「電車が揺れることがあるから立っている人は手すりか吊革に摑まれ」に加え、コロナ期は「時差通勤しろ」「リモート勤務しろ」「ソーシャルディスタンスを取れ」「マスクをしろ」と連呼された。

しかも、丁寧に英語・中国語・韓国語でも流すものだから、車内は次の駅に着くまでアナウンスシャワーのごとき状況になる。

ホームでアナウンスを行う駅員
写真=iStock.com/TAGSTOCK1
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「過剰アナウンス」は諸外国にはない

こうした状況が、公共の場での過剰アナウンスには慣れていない外国人にとっては苦痛だったようだ。確かにこの手の怪獣ギャオス的絶叫アナウンスはチェコやドイツでは当然のこと、アメリカやタイでも聞かなかった。ラオスでは皆無だった。

日本のアナウンスに対する実際のコメントを見ると、こんなものがあった。私に対してツイッターで相互フォロー関係になった人からのDMの言葉も含めて紹介する。

「『過剰アナウンス大国』これはいい言葉だ。まさに私の妻が苦しんでいることだ」
「このような分析記事が出るとは。日本人もこの過剰アナウンスに違和感を持っている人がいるのか」
「良い分析をありがとう」

正直、この「過剰アナウンス大国」の記事は、在留外国人の人向けに書いたわけではない。それでも、同記事に反応した外国人は多く、その中のひとりであるアメリカ人ジャーナリストからの誘いで、この飲み会に至ったというわけだ。

もちろん彼らは、日本で暮らすのは快適だと思っているし、好きだからこの国にいるわけだ。しかし、アメリカ出身の芸人・厚切りジェイソン的に「Why Japanese People⁉」と言いたくなることも多い。