ただ、「からだの脳」は、頑丈でなくてもそこそこ生きていけるので、親がなかなか気づかないのが盲点でもあります。
一方で、「おりこうさんの脳」はテストなどで点数化されるからわかりやすい。だから、親御さんは、「おりこうさんの脳」を優先して育てようとしてしまうのですね。
「からだの脳」と「おりこうさんの脳」をつなぐ形で育つのが3段階目の「こころの脳」です。大脳新皮質の中でももっとも高度な働きをする前頭葉にあたる部分で、論理的思考で問題を解決する力を育みます。また、相手の気持ちを読み取ったり、自分の感情を抑えたり、という社会性も担います。
「からだの脳」は原始的かつ動物的で絶対に必要ですが、とはいえいつでも動物的に生きるわけにはいきません。環境に合わせながら我慢や抑制をしてふるまうことが求められます。「からだの脳」が「おなかがすいた」と食欲を起こしても、「こころの脳」の働きで食べていいときまで待つことができるのが人間です。動物はそれができません。
そして、いずれの脳も、しっかりした睡眠をとることで、正しく育つことができます。子供の睡眠は、科学的・医学的な根拠に基づいて、年齢によって必要な睡眠時間や推奨される就寝時刻が決まっています。「からだの脳」が育つ5歳児に必要な睡眠時間は11時間。夜7時には寝て、朝の6時に起きるのが理想です。
小学生でも10時間は寝てほしい。現代の日本社会ではなかなか難しいかもしれませんが、最低でも9時間は確保してほしいと思います。
十分な睡眠は成長ホルモンの分泌を促し、「からだの脳」を育てつづけます。「おりこうさんの脳」には、寝ることで日々の情報を整理して定着させる働きもありますから、学習機能にもプラスになります。
砂漠の真ん中にポトッと落とされたとき、「からだの脳」の生きるための本能と、「おりこうさんの脳」の思考力、そして「こころの脳」の社会性がしっかり育っていたら、きっと生き抜くことができるでしょう。
正しい睡眠で、高度な脳をつくることこそ、子育ての最重要課題と考えてください。
そして大切なことが一つ。脳はいつからでも育て直せます。可塑性があるのです。「うちの子、勉強してもなかなか成績が伸びないな」、あるいは、「私、ちょっとイライラしすぎかも」、と思ったら、まずは親子でしっかり睡眠をとってください。(以下、後編へ続く)
神戸大学医学部卒。医学博士。小児科医。米国セントルイス・ワシントン大学医学部、獨協医科大学、筑波大学基礎医学系勤務を経て、2005年より文教大学教育学部特別支援教育専修准教授、09年より同教授。14年より子育て支援事業「子育て科学アクシス」代表。著書に『高学歴親という病』、共著に『その「一言」が子どもの脳をダメにする』など多数。
子育て科学アクシス
小児科学と脳科学をベースにした独自の「正しい脳のつくり方」の理論を軸に、心理学や教育学、福祉などさまざまな知識をつなげた多彩なワークを実践。代表の成田先生が確立した「子供の脳を生活からの刺激で育てる」理論に基づいたペアレンティング・トレーニング(親が行う子育てトレーニング)で子育てを支援している。