無職の博士を大量に生んだ「ポスドク計画」

とはいえ、日本のベンチャーキャピタルは、ITベンチャーへの出資に慣れているため、事業開始の初期段階に出資する額は数千万円くらいです。しかしゲノムなどバイオベンチャーは、検査装置を備えた研究室を作らないとならないので、億単位のお金がかかります。海外だと初期段階でも10億~20億円調達できるので、海外と比べて日本での起業は不利だと思います。

――ゲノムベンチャーの動向は、研究の進歩と密接にかかわっています。ただ日本では研究力低下が問題になっています。原因はどこにあると思いますか。

若者が大学院にいかなくなりましたよね。僕は政策が失敗したんだと思っています。政策とはポスドク1万人計画(ポストドクター等1万人支援計画)です。

※ポスドク1万人計画:文部科学省が1996年度~2000年度の5年計画で行った施策で、博士号取得者を1万人創出するための期限付き雇用資金を大学や研究機関に配分した。

僕も博士号をとりましたけれど、働き口がないので、相当苦労しました。大学教員に応募したのですが、ひとつの教員ポストに200人以上が応募するわけなんですね。

ポスドク1万人計画の大失敗はそこです。博士は作ったけれど、働く場所がない。

後輩たちにも、博士号を取得してもしょうがない、研究の世界でずっとやっていくのはつらいよ、と話さざるをえませんでした。

理学博士でゲノムベンチャー「バリノス(Varinos)」CEOの桜庭喜行さん
撮影=プレジデントオンライン編集部

「選択と集中」では、新しいものは生まれない

――優秀な人材を逃してしまっているのでは。

そうです。優秀で第一線で活躍できるような人ほど大学院に行かずに就職してしまうようになったと思います。あの政策から20年以上たち、その問題が研究力低下として表面化しているのではないでしょうか。20年以上かけてそうした状況を作ったわけですから、政府は小手先ではなく、時間をかけて基盤や仕組みを立て直さないといけません。

――研究力低下を招いた原因には、政府が研究分野の「選択と集中」を進めたことがあります。このやり方をどう見ますか。

新しいことは、何もないところからぽんと起こります。例えば2012年にノーベル賞を受賞したiPS細胞(人工多能性幹細胞)の最初のアイデアだって、別に国がやったからできたというわけではなくて、山中伸弥・京大教授が思いついたからできたわけです。

選択と集中とは、集中した分野へお金が流れ、お金が集まらない分野はどんどん淘汰とうたされるということです。そうした状況では、新しいものが日本から生まれにくくなると思います。

――ゲノム分野の将来性をどう見ていますか。

実用化できているところはほんの一部であり、氷山の一角にすぎません。ゲノムの技術は、人の健康にも役立つし、そのほかの産業分野にも役立つと思っています。研究だけでなく医療に結びつけることが必要ですが、そのためには実はすごくいろいろなことをしなくてはなりません。

僕のやっている子宮内フローラ検査もそのひとつです。そこを僕らベンチャーは頑張っているわけですが、ここをちゃんと担えるベンチャーがいっぱい出てこないとできないんです。

Varinos本社にある検査室
撮影=プレジデントオンライン編集部