ユダヤとの連帯とアラブとの共存を両立できるのか
ただ、問題は複雑だ。例えばパレスチナ人道支援についていうなら、ドイツ人はガザ地区の人たちへの同情の念に駆られて支援を望んだに過ぎないが、ガザにミサイルを撃ち込み、ライフラインを破壊し、何千ものパレスチナ人の命を奪い、苦しめているのはイスラエルだったから、これは禁断のイスラエル非難と微妙につながりかねない。つまり、従来のドイツ人の行動から見れば、脱線である。
ユダヤとの連帯とアラブとの共存という二律背反のバランスをいかにしてとるか。それは言い換えれば、イスラエルとの連帯という“国家理念”と、反ユダヤ主義を隠そうともしなくなったアラブ系住民との間で、政治家が綱渡りをしているにも等しかった。
実はドイツはイスラム過激派の資金集めの重要な基地であり、過激派分子が多く潜んでいることは昔から知られている。だから、アラブ系住民を下手に抑えつけると、イスラムテロを誘発してしまう危険を否定できない。ちなみに、9.11の時、ワールドトレードセンターに突っ込んだパイロットらも、犯行前はハンブルクで暮らしていたと言われる。
内心はパレスチナ人に同情的な人が多い
こういう問題を抱えていたのは、もちろん、ドイツ政府だけではない。フランスにも多くのアラブ系の住民がおり、マクロン大統領が12日、親イスラエルのデモを認め、親パレスチナのデモの禁止に踏み切ったことで、不穏な状況が続いていた。
さらに難しいのは、ドイツ国民の心情だ。彼らがイスラエルの占領政策をどう思っているかというと、実は、パレスチナに同情的な人たちが非常に多い。それは左派の政治家の間でも同じなのだ。
ドイツ人のパレスチナ贔屓には歴史がある。70年代、PLO(パレスチナ解放機構)やPFLP(パレスチナ解放人民戦線)といった組織がパレスチナ解放を目指し、世界のあちこちでテロを起こしていた頃、日本赤軍と同様、ドイツ赤軍もその運動に共鳴し、自らもテロに手を染めた。
そして、当時の国民の間には、それにこっそりエールを送っている人が少なからずいたといわれる。彼らにしてみれば、イスラエルが勝手にパレスチナの地に国を建て、パレスチナ人をガザに押し込めているのはけしからんことだった。それは、ホロコーストの懺悔とは別の次元の話であり、おそらく今もそれほど変わっていないと思われる。