ヒトラーが絶対悪なら、イスラエルは絶対善?
すると、今度はそれを見たドイツ人が憤り、ユダヤ人への連帯を示さねばと、イスラエルの国旗を掲げて、やはり街に繰り出し始めた。22日には、ベルリンのブランデンブルク門の前の広場で、反ユダヤ主義を糾弾する集会が大々的に開催された。その数、警察発表で1万人、主催者発表は2.5万人。映像を見る限り、ドイツ人が圧倒的に多く、モットーは「反テロ、反憎悪、反セミティズム」だった。
ドイツとイスラエルの関係は、いうまでもなく複雑だ。ホロコーストという原罪を背負ったドイツ人は、ヒトラーを絶対悪と定めたが、そのために、ユダヤ人とイスラエルはおのずと絶対善のような位置付けとなった。反セミティズムはもちろん禁止で、ホロコーストの否定は刑法で罰せられる。
それどころか、「強制収容所は言われているほど酷くなかったのではないか」と言っただけでも、ホロコーストを相対化した廉で告発される可能性が高い。ドイツでは、ホロコーストに関する罪だけは時効もない。
また、ヒトラーに関する研究はほとんどなされず、なされてもその内容を一般の人々が知ることはほぼなかった。ヒトラー絶対悪の原則を少しでも毀損するような論文を発表すれば、反ユダヤ主義の烙印を押されて集中砲火を浴びるだろうし、そもそも発表する機会もなかった。要するにドイツでは、異端になる覚悟がなければ、ヒトラー研究はできなかった。
イスラエル批判はドイツでご法度だが…
さらに学校では、日本人の贖罪意識など吹き飛ぶほど徹底的に、ヒトラー絶対悪とホロコーストの罪を教え込んだ。そして、政治家も、政治生命を絶ちたくなければ、イスラエル批判は御法度だった。
ただ、戦後ずっとこうして反省と懺悔を重ね、平身低頭に徹してきた結果、ドイツ人は20世紀末ごろにはすっかり世界での信用を取り戻し、真面目で誠実な国民という評判さえ手にした。つまり、贖罪は彼らにとって、いわば成功モデルでもあった。
ところが、である。70余年、そこまで念入りにユダヤ人との連帯を心がけてきたというのに、ハマスが発信したガザ地区の悲惨な映像がテレビやSNSにどんどん流れ込んでくると、ドイツ人の心にたちまちパレスチナ人道支援のスイッチが入った。
つまり、これによりドイツでは、①イスラエル支援、②アラブ系住民の反ユダヤ主義に対する抗議、そして新たに③パレスチナ人道支援と、世論が三つ巴となってしまった。だからこそ冒頭に述べた通り、イスラエルの地上作戦をめぐっても、国民の意見は完全に分裂していたわけだ。