図表1は、3グループの報酬システム、自発的挑戦時間の平均などをまとめたものである。これをみると以下のことがわかる。
(1)Aグループには報酬は支払われないので、内発的動機だけが働いており、自発的挑戦時間は内発的動機の強さを表す
(2)成果対応のBグループの自発的挑戦時間は無報酬のAグループの約半分である。つまり“成果に対応して”お金が払われると内発的動機が半減し、お金を目的とした外発的動機が優勢になる(後述するように成果主義人事制度のメカニズムである)
(3)Cグループの自発的挑戦時間は無報酬のAグループとほとんど違わない、つまりお金が払われても、それが“成果と無関係”の場合は内発的動機が損なわれることはない(年功主義人事制度のメカニズムである)
この実験は、運動選手の体の複雑な動きの解明にスローモーションビデオが役立つように、外発的・内発的要因が複雑に絡みあう報酬システムの心理的メカニズムを解明するのに役立つ。
1990年代の長い不況期に、多くの企業は従来の年功人事制度をサッさと捨て、競って成果主義人事制度を採り入れた。ここでいう成果主義人事制度とは、
(1)上司と部下が相談のうえで、半年ないし1年ごとに目標を決め、その達成度によって部下の給与、賞与、昇格などの重要な人事処遇を決める
(2)目標が達成できた者と達成できなかった者の間に、処遇上のはっきりした差をつける(場合によっては後者は人件費の安い派遣、契約社員などに置き換える)、というものである。
上述のように、あらかじめ目標を立て、達成した者には分配を増やし、失敗した者には分配を減らす成果主義人事制度は、大義名分にかなっており、また、失敗者の分配を減らし、さらにはパート、派遣、契約社員に置き換えるなどして人件費の大幅な節約にも役立った。だが、経営者たちは、予想もしなかったいくつかの重いツケを払うことになった。
成果主義人事制度の第1のツケは、従業員が、つまらない目標や、やさしい目標ばかりを設定し、高い目標にチャレンジしなくなったことである。年功人事制度でも目標は管理の有力な道具であった。だが、それは達成度に対応して報酬が支払われるというものではなかったから、目標は従業員にとっては、チャレンジであり、意欲的な従業員は自ら高い目標を設定し、それに挑戦した。つまり年功人事制度下では、目標は内発的動機の喚起要因であった(図表1のCグループ参照)。
ところが、成果主義人事制度では、目標を達成するかどうかで、処遇上で大差がつくから、目標達成は従業員にとってはよい処遇をうけるための手段となり、目標は外発的動機の喚起要因になった(図表1のBグループ参照)。目標が達成できたかどうかで、処遇が大きく変わるのであれば、失敗しないように、はじめからやさしい目標にしておこうとするのは当然である。