心理学者デシによると、成果に応じて金銭的報酬が与えられると、その人の仕事に対する興味が低下するという。成果主義が定着しつつある日本社会にこのデシ理論を応用するとどんなことが見えてくるのだろうか。
仕事をする「内発的動機」と「外発的動機」
私たちが仕事をする動機には大別して2つある。1つは、お金など、外的要因によって喚起される外発的動機で、海外旅行の旅費稼ぎにアルバイトをする学生がその例である。彼の目的はお金で、仕事はその手段にすぎない。だからもっと稼ぎのよい仕事があれば、いつでも仕事を変えるだろう。このように、仕事が単なる手段の場合は、仕事を変えたり、手抜きをしたり、最小限の努力しかしない、といった問題が起こりやすい。お金に限らず、上司の評価、同僚の賞賛など、人から与えられるものが外発的動機の喚起要因になる。
いま1つは内発的動機で、仕事の面白さなど、内的要因によって喚起される動機で、海外旅行の旅費稼ぎのつもりではじめたアルバイトの仕事がすっかり面白くなり、正社員以上に熱心に働いている学生がその例である。彼の場合は、仕事そのものが面白くてやっているから、仕事は単なる手段ではなく、むしろ目的とさえいえる。仕事への興味以外に、責任感、使命感、価値観など、仕事を通して充足・実現できるものが内発的動機の喚起要因になる。
ところで、仕事の成果に応じてお金(外発的動機の喚起要因)が支払われると、内発的動機はどうなるであろうか?──心理学者デシ(Deci, E.L.)は面白い実験をしている(注1)。
大学生のA、B、C、3グループ(各12人)をつくり、1人ずつ実験室に入れて、大学生が興味をもちそうなパズルを4個与え、1個13分以内で解くよう指示した。実験開始前に、Aグループには報酬については何の約束もせず(無報酬グループ)、Bグループには「正解1個につき1ドル支払う」と約束し(成果対応グループ)、Cグループには「正解、不正解に関係なく一律に2ドル支払う」と約束した(成果非対応グループ)。1人の実験が終わるたびに、実験者は「私は10分間ほど席を外すが、このまま部屋で待っていてほしい。部屋から出なければ、何をしていてもかまわないから」といって部屋を出て行った。学生のそばのテーブルの上には実験に使われたものと同種のパズルが数個と、雑誌プレイボーイがおいてあった。
デシは、隣室から覗き窓を通して学生たちを観察し、彼らが待ち時間中にテーブル上のパズルを自発的に解こうとした時間(以下、「自発的挑戦時間」という)を測定した。パズル解きへの興味が強いほど、つまり、実験中に強い内発的動機が喚起されているほど、待ち時間中の「自発的挑戦時間」は長いはずである。