「これに命を懸ける」柳井氏が最も重視する教え

柳井が「もっとも好きな言葉」と公言する「店は客のためにあり 店員とともに栄える」を唱えた経営指導者、倉本長治はこう遺している。

「店員を褒め叱ることに巧みであるよりも、店員とともに喜び、ともに泣ける店主であれ」

人間全般に対する愛情と期待こそ柳井の経営観であり、人材育成の中心にある思想なのである。

柳井氏の執務室には倉本長治の言葉「店は客のためにあり 店員とともに栄える」が掲げられている。
柳井氏の執務室には倉本長治の言葉「店は客のためにあり 店員とともに栄える」が掲げられている。(撮影=大沢尚芳)

では、店長十戒のうち、柳井が最も重視するものは何か。『商業界』2010年8月号特集「ユニクロ柳井正の店長十戒」で次のように語っている。

「(十戒で最も重要なのは)第一条の『お客様の満足実現』です。これに命を懸けるというのが、店長にとって最も大事なことです」

M店長も「店、商品、従業員、売り場がお客様中心でないと、いま業績がよくてもいつ潰れるかわからない。そうした危機感とお客様満足の実現という使命感をもって仕事に臨んでいます」と呼応。「銀座店では、2人の副店長と5人のフロア店長など総勢200人ほどのスタッフとともに働いています。私を含め彼らを十戒の第十条『どこでも通用する世界の第一人者』にするのが使命です」という。

「店員とともに栄える」の本当の意味

柳井は拙著『店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる』(プレジデント社)の解説で、店員とともに栄えるとは「社員が生き生きと使命感をもって仕事に向きあえる状態をつくりだすこと」という。これこそ柳井が自身唯一の銘とする「店は客のためにあり 店員とともに栄える」の真意であり、商いの原則にほかならない。

「経営者一人がいくら有能だろうと、一人でできることには限りがあります。例えば毎日いらっしゃるお客様に対して、一人で対応することはできません。経営はチームで行うものなのです。

商売の醍醐味というのは、自分で考えて自分で実行することにあります。こうした考えで実行する人が本部にも店舗にもいて、双方向で討論しながら店舗運営をしていく。この相乗効果がはたらかない限り、お客様のためになる商売はできません。商売の醍醐味を感じて、成長してほしい。それが『店員とともに栄える』ということだと思います」(本書9ページ)

一方、チェーンストアの現実はどうか。

わが国の既存大手小売業の多くは、アメリカを起源とするチェーンストア理論によって成長を果たしてきた。チェーンストア理論とは、店舗を標準化して鎖(チェーン)のようにつなぎ、本部が店舗を一元管理して経営と運営を効率化、単純化するための方法論である。