少年への執着が性加害につながった
現在、多くのジャニーズタレントが活躍していることと、ジャニー喜多川氏の性加害は、同じ種から咲いた“善の華”と“悪の華”である。
その“種”とはジャニー喜多川氏であり、さらにいえば、ジャニー喜多川氏の少年への執着といってもいいだろう。
現在デビューして活躍するジャニーズタレントは全員が、ジャニー喜多川氏の審美眼によって選ばれ、指導を受けてきた者たちである。「僕には10年後の顔が見えるんだよ」という発言に象徴される氏の人を見る目に関しては拙著で詳述したが、その根底には少年への興味・関心があったはずである。
それがいい方向に作用すれば、少年時代からあれだけの輝きを放てるタレントたちの創出につながり、悪の方向に作用したときに性加害につながってしまった。
ジャニー喜多川氏が性加害という“魂の殺人”を行ったことも事実であれば、氏の創り出したタレントやステージが、多くの人の心を救ってきたこともまた事実である。
ジャニー喜多川氏が行ったことは“すべてが善”でもなければ“すべてが悪”でもない。
その区分けができない人は著名人の中にも多くいて、それがジャニーズの文化そのものを中傷するような動きになっているのではないだろうか。
なぜ「ジャニーズの長男」と呼ばれるのか
その中傷はもはや“ジャニーズという人種への差別”といっていいほどのものである。その個人が何をしたかではなく、その血をひいているだけで中傷の対象になってしまう。
人種・血という言葉に何を大げさな、と思う人もいるかもしれない。事務所と所属タレントという契約関係に、そのような強い結びつきがあるものかと疑問を感じる方もいるだろう。
だが、ことジャニーズ事務所に関していえば、この言葉は成立すると思っている。メディアは「ジャニーズ事務所の長男・東山紀之」と、タレントまで含めて家族であるような形容をしてきたし、その自覚は本人たちの中にもあっただろう。
ジャニー喜多川作の舞台を死後、KinKi Kidsの堂本光一が演出するようになった『DREAM BOYS』に出演した際、Sexy Zoneの菊池風磨はこのような表現をしている。
「言葉で伝えなくても光一くんが言わんとすることがわかる時があるんです。それは、ジャニーさんの元で育って、おこがましいですけど『同じ血が流れている』からこその感覚」(週刊朝日2021年7月23日号)
少年時代に同一人物にエンターテインメントの真髄を叩き込まれた彼らには同じ血が流れている。そして言語化する必要もなくコミュニケーションをとれる“血”こそが、他事務所に追随を許さない、いや真似をすることができない、唯一無二のエンターテインメントを創出してきたのである。