「がんばってもダメだった」人は全体主義に呼び戻される

【松本】これからの時代、私たちは個人として強さを持っていかなければいけない。力を持っていかなければいけない。その力というのは、全体主義が及ぼしていく力とはまったく違う力である。茂木先生は、個人が力を持つ社会というものをどのようにイメージされていますか?

【茂木】ここにまた、別の落とし穴があります。個々人が競争すると、勝ち負けつきます。「がんばってもダメだった」という人が必ず出てくるわけです。そういう人たちは、やはり全体主義という悪魔に呼び戻されていく。昨今のアメリカで暴れている人たちの多くがそうです。その根本には、貧しさや孤独があると思います。

頭を抱える人
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「近所で挨拶するくらいのゆるい関係」が大切

【松本】1960年代末、1970年代から、「現代思想」あるいは「ポストモダン」と呼ばれる哲学がフランスを中心にして発生します。このポストモダンこそ、個人が全体主義にいかに絡め取られないようにするか、という問題を追い求めた哲学だったと考えています。

ポストモダンにおける社会システムの形はどういうものかというと、小さな集まりがあちこちにできて、個人もどちらに行くかわからない状態をいつも確保しておきながら社会が流動していく、というイメージです。このイメージが、「リゾーム」(異質なものが結びつく根茎を意味する概念)あるいは「マルチチュード」(多数性、群衆性などと訳される概念)と呼ばれたりしています。

【茂木】社会的にはこれが全体主義に対する一番の防波堤になると思います。個人で生きていけないのであれば、家族でも地域でも、なにか小さな仲間で助け合う。

【松本】自分のまわりの小さなコミュニティを大事にして、そしてその中ではできるだけ個の力が最大化される場面をつくっていこう、ということですね。そうなると、やはり友人選びは大切ですね(笑)。

【茂木】友人とまではいかなくとも、近所で挨拶するぐらいのゆるい関係をイメージすればいいと思います。1人で生きていこうという人が最近は多いようですが、身のまわりに顔なじみがあるていどいたほうが安心できます。そうしておけば、なにか困ったときに、少しは相談できるかもしれない。それがまったくない人というのは、本当につらいでしょうね。