フライトナースとなるための3つの条件

日本航空医療学会のフライトナース委員会では、フライトナースとなる3つの選考基準を定めている。

〈看護師経験5年以上、救急看護師経験3年以上または同等の能力があること〉、ACLS(二次心肺蘇生法)――心肺停止やその他の心血管エマージェンシーの処置を指揮できる資格を所有し、JPTEC(病院前外傷教育プログラム)と同等の知識・技術を有していること。そして、日本航空医療学会が主催するドクターヘリ教習を受講していることだ。

神戸市のヒラタ学園で行われた教習で初めてドクターヘリを間近で見た忠田は、思わず「わっ、格好いい」と声を出した。

「機体の構造、パイロットの役割、安全管理などを学びました。何かあったとき、救命胴衣を着て脱出しないといけないので機体の構造を知っておかないといけないんです」

そのとき、もし海に落ちたらどうしようと少し怖くなった。自分が泳げないことを思い出したのだ。

そして3月26日に山陰地方で初めてのドクターヘリ運航が始まった。ドクターヘリの勤務に就くのは、フライトナース委員会の選考基準に加えて、とりだい病院独自の基準を満たしたフライトナース8人、ドクター4人のみ、だ。

基本的には1人の医師、看護師がその日を担当。1日に複数回出動する日もあれば、全く飛ばない日もある。運航初日にヘリに乗ったのは、他病院でフライトナースの経験があった看護師だった。その日、すぐに出動要請が入り、自分でなくてよかったとほっとしましたと忠田はくすりとした。

ドクターヘリ
写真=iStock.com/kellymarken
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飛び立って初めて、行き先と患者情報を知らされる

忠田が初めてドクターヘリに乗った日の記憶は朧気だ。ヒラタ学園での教習では実際にヘリコプターに乗ることはなかった。出動が初めてのヘリコプター搭乗だった。

「(同行した)ドクターが誰だったかも覚えていないです。とにかく1例目の後、ぐったりしていましたね。それから約3年間、フライトナースとしてヘリに乗りましたが、ヘリの日はものすごく疲れます」

心身ともにすり減るのは、いくつか理由がある。緊急を要する現場では、医師と2人ですべてを引き受けなければならない。患者の状態がどのようなものか、情報が限られている。そのため、少しの迷い、判断ミスが患者の身体にダメージを与えてしまう。

当番の日、フライトナースはとりだい病院2階の救命病棟、救命外来で他の看護師に交じって仕事をしている。乗り物酔いしやすい忠田は、食事は軽めにして朝からあらかじめ酔い止めを服用する。

乗り物酔いをしやすいフライトナース同士で、効き目があり、眠気が少ない酔い止めの情報を共有するようになった。前日の食事は生ものなど腹痛につながりやすいものは避ける。

日々の節制も必要だ。ヘリコプターには最小限の燃料しか積まない。そのため、申告した体重より下を保たねばならない。とりだい病院のフライトナースの選考基準には〈看護師として自律〉した行動が取れることという項目が含まれている。

病院内のCS(Communication Specialist)室に出動要請が入ると、救命センターの病棟と外来だけにアナウンスが流れる。

――コード・ブルー、エンジン、スタート。

直後、PHS受信機が鳴り、「忠田、了解です」と応じ、1階の救命救急外来に走るのだ。金庫に保管されている医療用麻薬をウエストポーチに入れ、薬剤の入った鞄を手にして、エレベーターで屋上のヘリポートへ。治療器具などは朝のうちに積載済みである。

ヘリコプターのプロペラによる風圧の中、薬剤の瓶が割れないように気をつけながらヘリコプターまで走る。要請から5分以内の出動が基本だ。

プロペラの爆音の中、会話をするため、機内ではマイクつきのヘッドセットを頭につける。

「飛び立ってから、これからどこに行くのか、患者情報が分かるんです」