緊急手術後、山の中で降ろされ帰路に向かうことも

鳥取県のドクターヘリ「おしどり」の運航範囲は、鳥取県全域に加えて、兵庫県北西部、島根県東部、隠岐地域、岡山県北部、広島県北東部と広い。到着するまでに、医師とどのように対処するのか打合せをする。症状、どこまで治療するのか、どこに搬送するか。

患者の意識はあるのか。搬送先で緊急手術をする場合は同意書の準備も必要となる。意識がない場合は家族と連絡がつくか。滞在時間5分から10分の間にすべてを終えなければならない。ヘリコプターの中で、さまざまな事態を思い巡らせながら現場に向かう。

出動時間は朝8時半から日没まで。太陽が落ちるとヘリコプターの安全が確保できない。そのため、ぎりぎりに出動した場合、ドクター、フライトナース、治療用具一式を現地に置いて、ヘリコプターだけ戻ることもある。2人は処置が終わった後、可能な限り公共機関を使って、とりだい病院に帰る。

「鳥取市で降ろされて電車で帰ってくることも、山の中で降ろされることもあります」

そのときのために胸のポケットにはいつも1万円札が入っている。そして病院に戻ってから報告書と向き合う。2022年の年間でドクターヘリの出動は507件。1日あたり1.3件だ。

ヘリコプターの操縦
写真=iStock.com/THEPALMER
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「先生、降ろしましょう」10分の移動が命取りになる

忠田はある現場での出来事を鮮明に覚えている。

その日、忠田と一緒にヘリコプターに乗ったのは、フライトドクターとして独り立ちして3度目の搭乗となる医師だった。現場では激しい胸の痛みを訴えていた30代の男が待っていた。

心筋梗塞の可能性が高い。心筋梗塞とは心臓に血液を送り込む心筋の冠動脈が詰まる症状である。血液が止まれば心筋は壊死し、時に死に直結する。なるべく早い処置が必要だった。

幸い患者は普通に会話ができた。早く病院に搬送すれば大事にならないだろう。そう思ってヘリコプターに乗せた、その瞬間だった。男は突然、激しく嘔吐を始めた。吐瀉物で呼吸が塞がれていた。

すぐに気道を確保しなければならないと忠田は慌てた。心臓が止まっているかもしれない。心臓マッサージも必要だろう。揺れるヘリコプターの中でできる処置は限られている。どうしましょうと忠田は医師の顔を見た。彼の顔には困惑の色が浮かんでいた。

「先生、降ろしましょう」

忠田の大きな声で、医師ははっとしたような顔になった。すぐに患者をヘリコプターから降ろし、救急車に運び込んだ。医師は救急隊に口から挿管し、呼吸を確保、心臓マッサージするように命じた。忠田はその間に薬剤を投与。そして、ヘリコプターの吐瀉物を片づけてもらい、再び患者を乗せて飛び立つことになった。

「ヘリで飛べば10分で病院に運ぶことができました。ただ、その10分間で症状が悪化するかもしれない。私とその先生は、このやり方がベストだったと思っています」

とりだい病院ではカテーテル手術の準備が整えられていた。患者はヘリポートからカテーテル室に直行し、命を取り留めたのだ。