個人に焦点をあてる

リテンションを経営の優先課題リストの下位に置くアプローチから脱するのは必ずしも容易なことではない、とデロイト・トウシュの人的資本アドバイザリー・サービス部門長のデービッド・ショルコフは言う。

「しかし」と、彼は続ける。「まだ希望はある。今後は自分の長期的な目標という観点から仕事をとらえる社員が増えると思う。そのような社員は、キャリアを伸ばすチャンスを与えられれば、現在の会社に残るだろう。したがって、重要な社員のリテンションを真剣に考えている企業にとっては、今日、柔軟性や成長、能力開発を可能にする労働環境を築く大きなチャンスが訪れていることになる」。

このような文化の構築に対するコミットメントはトップから出てこなくてはいけないが、リテンションの責任の大部分は個々のマネジャーにあり、彼らが第1級の人材管理スキルや動機付けスキルを備えているか否かがカギになる、と専門家は言う。自分の部下に有意義で充足感のある労働経験をさせることのできるリーダーは、忠誠心とリテンションを勝ち取れる可能性が、そうでないリーダーよりはるかに高い。経済環境が厳しく、金銭的報酬がきわめて少ない時代には、とくにその傾向が強い。

トップクラスの社員に対しては、上級幹部も直接の上司も重要な点を聞いてみる必要がある。こう語るのは、『部下を愛しますか? それとも失いますか?』(産業編集センターより邦訳あり)の共著者、シャロン・ジョーダン=エバンズだ。「君を引き留めておくために、われわれには何ができるだろう。自分のキャリアの次のステップとして、君は何を──たとえば、新しいことを学ぶチャンスとか、昇進とか──望んでいるのか。このような質問をして、相手の考えを聞くわけだ」と、ジョーダン=エバンズは説明する。

リテンションを大きく左右するもう1つの要因で、やはりマネジャーの役割が重要なのは、「個々人の関心を最も満たす仕事を与えること」だと、UCLAアンダーソン・スクールの人的資源管理上級プログラムのディレクター、デービッド・ルーウィンは言う。「関心は人によってずいぶん違う。会社はなんらかの分析を行って、重要な社員の金銭以外の関心や嗜好を把握し、そうした関心を満たすように行動する必要がある」。

ロバート・ハーフ・マネジメント・リソーシズ(カリフォルニア州メンロ・パーク)の社長、ポール・マクドナルドも同様の考えを持っている。マネジャーは、最も優秀な部下を会社により深く関与させ、より強くコミットさせることに力を注ぐべきだと彼は言う。「マネジャーは、『どうすれば利益を拡大できるだろう。君のアイデアを聞かせてくれ』と頼むことによって、優秀な部下の創造性を解き放つよう配慮すべきだ。同時に、リスクを取り除き、自分なりに最善の判断をし、自分が下した決定に責任を負う自由を部下に与えることによって、任されているという意識を持たせるべきだ」。