「自分だけ不幸だと思ったらいけないよ」

幼く見えた彼女はもう20歳を超えていて、運転免許証も持っていた。両親のことを尋ねると、父親とは別に住んでいて、「母は……」と言いかけて言葉を途切らせた。職場がこの近くにあり、仕事に行く前に訪れては万引きを繰り返した(*7)という。

高校生のころから万引きが止められず、もう何度も捕まっているのだとも話した。どうりで手慣れていたはずだ。

「職場の先輩たちがもうすぐこの店に買い物に来るはずなんです。そのときに私が警察に連れていかれる姿を見られたら困るんです……」
「あなたの職場の人たちに知られるようなことはしない。そのときは事務所で待ってもらうから大丈夫」

私がそう言うと心細げにうなずいた。警察に通報し、到着まで事務所で待つように伝えると、彼女は電話を取り出し、職場に急用で少し遅れる旨を連絡した。その手慣れた様子を見ながら、何をどう話せば、彼女の心に伝わるのか、ほかの店でももう二度とこんなことをしないで済むようになるか……ぐるぐるといろいろな思いが錯綜さくそうした。

警察がなかなか来てくれず、私は彼女に話し続けた。

「もしかしたら、あなたはご家族のことで人に言えない悲しみがあったのかもしれないね。でも、私たちもそうなの。私たち夫婦も幼くして親を亡くして、あなたの年には両親ともいなかった。だから自分だけ不幸だと思ったらいけないよ。みんなつらいこと、悲しいことを背負って生きてるものだって私は思ってるの」

彼女はうつむいたままだ。警察はまだ来ない。

(*7)万引きを繰り返した 万引きのほかに「内引き」(従業員による商品や金銭の着服)も何回か経験した。事務所内の事情に精通していなければできない所業なので、内引きは確実に見つかる。「この人なら」と決めて採用した人に裏切られるつらさと同時に、自分の「人を見る目のなさ」を思い知らされる。

誠実さを感じた「お詫びの手紙」

「あなたは若くて体も健康そうだね。私は年をとってリウマチになったの。だからびっこを引いてるでしょ。おばさんが店でチョコを1個110円で売っていくらの儲けがあると思う? 商品をどんどん持っていかれたら、生活が苦しくなるの。わかるでしょ?」

仁科充乃『コンビニオーナーぎりぎり日記』(三五館シンシャ)
仁科充乃『コンビニオーナーぎりぎり日記』(三五館シンシャ)

びっくりしたように彼女は顔を上げて私の目を見た。そんなこと思いもよらなかったという表情だった。30分ほどして駐在さんが駆けつけ、その数分後に2人組の制服姿の警察官と、2人組の私服の刑事さんがやってきた。総勢5名の警察官で事務所内はものものしい雰囲気になった。

事件として訴えるか、と尋ねられた。私たちは2人とも首を横に振った。「ただ」と私は条件をつけた。

「二度とこんなことをしなくて済む(*8)ように、彼女には必ず病院へ行ってカウンセリングや治療を受けるという約束をしてほしいんです」

その10日後、彼女からお詫びの手紙が届いた。これまで彼女自身が盗ったかもしれないと思うだけの金額が同封されていた。住所と電話番号と本名が書かれていることに彼女の誠実さを感じることができた。

(*8)二度とこんなことをしなくて済む 欲しいものを盗って店を出たとしても、あとからビデオチェックでバレ、後ろ指をさされることになるかもしれないし、ネット社会ではその行為が拡散されることだってある。万引きは「割に合わない」犯罪だということを知っていただきたい。

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