「ふざけるな! 俺はヤクザだ」
こんな夜中に若い子たちを脅かしてと腹が立ってきたが、まずは作り笑顔で責任者だと名乗る。
「あんたが責任者か。客の忘れ物なんだから、しばらく店に保管しておけよ。断りもなく、おまえらが勝手に警察に届けたんだから、すぐに取ってきてくれ」と落ち着いたトーンで迫ってくる。
勝手に忘れていって、そのうえ3日も連絡せずに放っておいて、何が取ってきてくれだ、と思ったものの、こちらも冷静に、3日連絡がなければ警察に届けるのは通常の業務であることを説明する。だが、男は「とにかく取り返してこい」の一点張り。声を荒らげることはないが、くぐもった低音ですごみがきいている。
「取り返したら連絡をくれ」と携帯電話の番号を書き置いて去っていった。翌朝、警察署(*2)に連絡すると、すでに署内の暴力団取締りの管轄へ回してしまっており、すべて調べたあとでないと誰であろうと渡せないと言う。そうこうしていると、午後5時すぎ、男から電話がかかってきた。
「荷物、取り返せたのか?」
警察の話をそのまま伝えるわけにもいかず、とりあえず「落とし主本人である証明がないと渡してもらえないようです」と言うと、それまでの抑えた口調が一変した。
「ふざけるな! 俺はヤクザだ。おまえのところのミスなんだから、責任取って必ずなんとかしろ!」
耳をつんざくような罵声だ。恐怖感はなかったが、理不尽なことで怒鳴られた怒りで体が震えた。
(*2)警察署 深夜営業をしている小売店を集めて講習する「深夜スーパー等協議会」という会が、年に一度、警察署で開かれていた。ある年、刺股の講習があった。「これなら、力の弱い女性でも、刃物を持った犯人を押さえつけることができます!」。講師の警察官が自信満々に言った。講師による実演が行なわれたあと、「では、実際にみなさんに使っていただきましょう」ということで、女性で一番小柄な私が指名された。犯人役の警察官を刺股で力いっぱい押さえつけようとしたが、押し返され、私は刺股ごとずるずると壁際まで後退した。犯人役の警察官の気まずそうな表情が印象に残っている。
アタッシュケースの中身は…
「警察が恐いんだったら、私が一緒について行ってあげましょうか?」
精一杯の皮肉で返すと、さらに激怒した。
「てめえ、誰に向かって口きいてるんだ! 覚えておけよ!」
一方的にわめき散らして電話は切れた。すぐに警察署に連絡すると、「何かあれば駆けつけます」と言ってくれて、店へのパトロールの強化も約束してくれた。ところが、この顛末を知ったバイトの子たちが震えあがってしまった。
「いつあの男が来るかわかりません。マネージャー、今日はこのままずっと店にいてください」
「……」
午後6時に上がるはずだった私は、そのまま翌朝6時まで店に居続けることになった。そのあと7時からは通常のシフトが待っているというのに……。その翌日、駐在の姫野さん(*3)が約束どおり、パトロールに来てくれた。
「あのアタッシュケースの中にはヤクザの名簿や住所録、建設会社とのやりとりの書類など、貴重な資料が盛りだくさんだったみたいですよ。マル暴がすべてコピーとったと言ってました」
姫野さんは笑顔だが、緊急時に頼りにならなかった彼に恨みがましい気持ちが湧いてくる。
「そんなことよりも、姫野さん、肝心なときに全然電話に出てくれなかったよね」
「じつは年休とって、久しぶりに家族で旅行に行ってまして。すみません」
駐在さんも24時間営業、そう思えば、これ以上責めるわけにはいかない。
(*3)駐在の姫野さん 店ではいろいろな問題が起こり、駐在さんを頼ることが多いため、歴代の駐在さんたちとはずっと仲良しだ。店の防犯カメラが役立つこともあるし、地域情報を共有したいのはお互いさまなので、持ちつ持たれつの関係ともいえる。とくに姫野さんはこの町に家を構えて住んでいるので家族ぐるみでつきあいがある。