「耐えてこそ母親」という科学的根拠のない考え

このような疑問がわくのは、「出産は病気ではない」との思考に加えて、出産を控えた妊婦さんにたいして、「出産の痛みに耐えてこそ母親。無痛分娩など甘えだ」であるとか「楽をして産んだ母親は子どもに愛着がわかない」などといった、およそ科学的根拠を伴わない心ない言葉が投げられるケースが、いまだに少なからず残っているためかもしれません。さらに別途追加で10万円の費用がかかることに「お金持ちだけ楽な出産ができて不公平」という声を、過去に耳にしたことがあったのかもしれません。

一方、私自身はといえば、この「出産するにあたっては耐えがたい痛みを味わうのが前提となるのか」という問いにたいしては、今まで十分な議論がされてきたとは言えないのではないかと感じています。たしかに出産は病気ではありませんから、疼痛を生じる疾患にたいして鎮痛剤を用いて生活の質を保つという、私たち医師が日頃あたりまえに行っている疼痛コントロールと無痛分娩とは異なるものだ、との意見もあるかもしれません。

痛みを第三者が強いることに合理的理由はない

しかし出産にかかる疼痛をコントロールすることによって、出産後の体力回復が早いというメリットは産科医からも指摘されていますし、それ以前に、麻酔技術が進歩した昨今、疼痛というつらい苦痛を出産のときだけ堪えなければならないという理屈は、いくら「出産は病気ではない」とはいえ、通用しないのではないかと私は考えます。

麻酔にたいするアレルギーがなく、安全に処置が行える環境であれば選択肢として排除されるべきものではありませんし、少なくとも、痛みを和らげたいと望む人にたいして、痛みを受け入れるべきだと第三者が強いることに、なんら合理的理由はないと言えるでしょう。

では、そもそも無痛分娩は日本でどれくらい行われているのでしょうか。ネットで調べてみると、2020年9月の実績では、全分娩件数6万9913件にたいして無痛経膣分娩件数は6008件であり、無痛分娩率は8.6%ということでした。これは年々増加傾向にあるとのことですが、少ない国でも20%、多い国では80%を超えるという欧米諸国と比較すると、かなり少ない実施率といえます。

また国際比較だけでなく、日本国内においても地域差がありうることが、無痛分娩関係学会・団体連絡協議会(JALA)のウェブサイトから読み取れました。