「死体がカネになる」ことが広まっていった
北海道立図書館のレファレンスによると、あくまで参考値ではあるが、現在の物価は大正時代の約530倍だという。それをもとに計算すれば、大正時代の70円は今の約3万7000円にあたる。当時としてはそれなりに高い金額だったのだろう。
身分の高い人々が買い求めていた、という点も注目される。
「死体がカネになる」ことが徐々に広まっていき、日本各地で同様の犯罪に手を染める者が増えていった。その結果、同様の犯罪が、日本全国で行われるようになったのではないか。
現代でも時に臓器売買事件が話題になるが、当時は僧侶と共謀し、大胆かつ巧妙な手口がまかり通っていたようだ。
遺体の指輪や金歯を盗んで転売していた
札幌豊平火葬場に聞き捨てならぬ怪聞 人骨や脳骨を盗み出す噂に穏亡の家宅捜査
「近来、札幌豊平町市営火葬場の僧侶や穏亡等が共謀して、密かに火葬場から人骨や脳骨を盗み出し、胃病や肺病の妙薬であると称して秘密に販売し、あるいは死体の焼きあとから指輪や金歯を盗みとるとの噂があるので、札幌署では(中略)楠美霊舜(五七)および穏亡なる(中略)菅原政治(四四)の両名の家宅捜査を行い、その結果、本署へ同行して取り調べ中であるが、楠美は以上の事実を否認。(中略)菅原政治は取り調べの末、帰宅を許されたが、左のごとく語った。
『私は昨年一月終わり頃から火葬場の穏亡として雇われたが、他に死体焼きもおります。本年の六月上旬頃、火葬場にいる楠美という坊さんから私に向かって、少し必要だから脳骨を三、四人分取ってくれと頼まれたので、何気なく三等の竈から三、四人分の焼けた脳骨を盗み出しましたが、その分量は一匁から一匁五分くらいだったと思います。それは直ちに楠美さんに手渡しました。その脳骨を楠美さんがどこへ持っていったか知りませんが、他へ売ったことだと思います。もちろん私はお金など一文ももらいません。その他に死体から金品など取ったようなことは全然ありません』と」(「小樽新聞」大正15年8月27日)
札幌豊平町市営火葬場の僧侶と火夫が共謀し、人骨や脳骨だけでなく、遺体の指輪や金歯を盗んで転売していたという。
脳味噌や生き肝の他にも、金歯や指輪が高値で売れることが知られるようになったらしく、この頃から同様の手口が増えたようだ。