「余命を伸ばせる=治療は成功」は本当か
がんの三大治療法である「手術」「抗がん剤治療」「放射線治療」は、原則的に、がんの根絶を目指す療法です。一方で、正常な組織や細胞も傷つけ、患者さんの生命力を弱めてしまいます。それでも医師は、「余命を1年も延ばせて、治療は成功だった」といいます。
しかし、当人としては、ヨボヨボの状態になって心身の自由を失ったまま1年を長く生き延び、「あぁ、自分の人生、幸せだった」と笑って逝くことができるでしょうか。医師の考える成功と、患者さんの願う成功は、こんなにも大きな隔たりがあります。
しかも、手術によって体の機能が損なわれれば、食欲も落ちるでしょう。がんを叩く作用の強い抗がん剤を使えば、体の自由も奪われます。髪の毛もごっそり抜けるかもしれません。そのうえ、莫ばく大だいな治療費がかかります。食事もできず、体の痛みも激しく、ADL(日常生活動作)もQOLも低下すれば、以前と同じ生活に戻るのは、ますます難しくなります。
65歳を過ぎて、がんを治すための治療を受けると決めた場合には、そのことまで見通すことが重要です。自分でわかっていて治療法を決めるのと、医師や家族に勧められるがままに治療を受けるのでは、心のあり方がまるで違ってきます。
「早期発見・治療」は高齢者にとって有効なのか
大病を患うと、老人性うつを発症するケースが多くなります。こうなると、生きていることがつらくなり、「今日も生きている」という喜びを感じにくくなるでしょう。反対に、老人性うつを治療して心の回復を図っていくと、体も元気を取り戻していくケースがたびたび見られます。
がんは、一つの細胞から突然変異したがん細胞が細胞分裂をくり返すことで、腫瘍へと進行します。そのがんが1cm大になるまで、一般的に10年はかかるとされています。転移するがんの場合、この10年の間に、すでに転移しているはずです。手術でがんを一つ切り落としたところで、ほかのがんの芽がすでに出ていることでしょう。こうなると、もはやイタチごっこです。考え方を変えれば、「転移した」といわれたがんも、実際のところは、別に発生したがんかもしれないわけです。
高年者の特権は、がんとともに生きやすくなる局面に入っていることです。高年者の場合、がんの進行が緩やかになるため、いくつもがんを抱えながら、QOLを損なわずに暮らしている人は珍しくありません。
「がんで死なないためには、早期発見・治療が必要」というのが、世間の常識です。しかし、高年者以降は、早期発見をしたがために、ベルトコンベア式に治療が始められ、健康寿命がそこで終わってしまうことが多くなります。ですから、65歳を過ぎていて、寿命より健康寿命を延ばしたい人は、もうがん検診を受けないほうがよいのではないか、というのが私の考えです。