欧州のトレンドを見れば縮小論が出るのも不思議ではない

戴冠式の伝統を捨てた欧州君主たちは、いずれもそのタイミングで戦前・戦後の天皇ほどに位置付けが大きく変わったわけではない。天皇の位置付けを激変させた革命的改憲――本当に「国体」を護持できたかが論点になるほどの――を経てもなお大規模な即位儀礼を維持できている日本は、世界的にみればきわめて特異なのである。

振り返ってみると、秋篠宮殿下の「身の丈」ご発言には、兄の門出に水を差したという批判も多く見受けられたが、欧州の即位儀礼がどうなっているかを知れば、納得できる人が増えるのではないだろうか。

筆者は「御大典は明治天皇のご遺志に沿うように京都開催が望ましい」と大真面目に考えている程度には守旧的な人間であるから、即位儀礼の簡素化にはもちろん賛成できないが、縮小論が出てくること自体は至極当然な状況だとも思うのだ。

「縮小しすぎると式典自体が無意味になる」

戴冠式を今日のヨーロッパで唯一保存できているイギリスだが、はたしてこれからもその伝統を維持していけるのだろうか。

英国の戴冠式も、廃絶の危機が今まで皆無だったわけではない。1830年に即位したウィリアム4世は、儀式を好まない性格から戴冠式をしないつもりだったそうだ。

ウィリアム4世は臣下たちの懸命な説得を受けて式典を簡素化することで妥協し、これが現代の戴冠式にも大きな影響を及ぼしている。もしも彼が初志貫徹していたならば、今頃は英国ですらも戴冠式を廃止していたかもしれない。

かねて「王室のスリム化」計画を温めてきたとされるチャールズ3世の下で、所要時間を1時間ほども短縮し、参列者を4分の1に減らすなどして、英国の戴冠式はさらなる簡素化が進められた。

各種報道によれば、次期国王となるであろうウィリアム皇太子もまた王室の「現代化」を考えており、即位の暁にはもっとモダンな戴冠式にしたいと望んでいるという。

逆に豪勢にすることは難しいご時世だから、代替わりを重ねるにつれてますます簡素化されていくに違いない。しまいにはどんな形の式典になってしまうのだろうか。

「あらゆるものを縮小し始めると、他のヨーロッパの君主国と同じように、縮小しすぎて無意味になってしまうだろう」

エリザベス2世の国葬からまだ日が浅い頃にジャーナリストのピアーズ・モーガン氏が新国王の戴冠式についてそう懸念を示していたが、質素倹約を良しとする全世界的な風潮からすれば無理もない。