“悪意なき隠蔽”は武家社会の名残り

今回のジャニーズ問題を知ったとき、ふと浮かんだのが「御小姓」という言葉だった。武将に仕えた小姓は、主に少年たちが務め、平時は身の周りの雑用係、戦時には親衛隊としての役目などを担っていた。意外とおさまりのよい男色からの連想かもしれないが、現代の日本には武家社会の残滓がまだあると私は感じている。

鎌倉時代から幕末まで武家社会は約700年続いた。明治以降も武士の伝統をうまく使いながら経済発展してきた結果が現在の日本社会だ。スポーツの国際大会で活躍するチームを「サムライ○○」とポジティブな意味で呼ぶのも、武家社会への愛着や畏敬の念が根強いことを物語っている。

武家社会の思考は「前提を疑わない」のが基本だ。支配階級であった武士は、体面を保つために資財を費やしても、食事などの日常は意外に質素だった。信念を持って堅実に戒律を守り抜く武士だからこそ、周りも一目置いたのだ。

忘れてならないのは、武士としての絶対条件は、武家社会を規定している戒律を守り抜くことであり、彼らは厳しくしつけられる。だから、「なぜ、君主が偉いのか」「なぜ、身分が決まっているのか」というしつけに反する問いはそもそも許されるものではないことだ。

武術着に身を包んだ男性が帯刀している
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“お作法”と“しつけ”の本質

ジャニーズ問題で明らかになったメディアや業界の隠蔽体質は、実のところ日本の組織では珍しいことではない。政府、官庁、企業にも“公然の秘密”や“暗黙の了解”は存在し、組織内部に問題視する者が現れると「昔からやっていることだ」「業界の常識だ」で片付けることが日常的に繰り返されている。

隠蔽には2種類ある。一つは犯罪や不正と知りながら、悪意を持って事実を隠すもの。もう一つは、善悪は超越して「仕方がないことだ」と黙認し、悪意はないが「空気を読む」という“お作法”をしつけられ、身に付けているがゆえの隠蔽だ。

企業内の隠蔽で圧倒的に多いのは、お作法をしつけられたことによる隠蔽だろう。自動車業界の検査データ改ざん、食品業界の偽装表示をはじめ、世間を騒がせる企業不祥事も、告発されるまでは職場のお作法として隠蔽されていたものがあるということだ。

お作法は“しつけ”によって叩き込まれ、伝承されていく。しつけというものには基本的に自らの善悪の判断を差し込むことはできない。例えば新入社員が「こんなことやっていいの?」と疑問を抱いても、「理解できないのは勉強不足だからだ。もっと勉強しろ」とさらにしつけられる。度重なるうちに、正常な感覚が麻痺してくる。マナーというものが事実に誠実な姿勢、相手へのリスペクトや思いやりが前提であるのに対して、しつけが大切にするものは事実や相手への思いやりより、その社会で内向きの規範となっている建て前を守り抜くことにある。