※本稿は、内田舞『ソーシャルジャスティス』(文藝春秋)第7章「沈黙を破る」の一部を再編集したものです。
不倫相手のポルノ女優に口止め料を払った大統領
アメリカでは、メリアム・ウェブスター辞典(Merriam-Webster)という英語の辞書が、「今年の単語」として、毎年その年を表す言葉をいくつか発表しますが、2017年の単語に選ばれたのは“Feminism”(フェミニズム)で、それに次ぐ言葉に、“Complicit”(コンプリシット、共犯的な、悪い流れに逆らわずに乗る)がありました。
この二つの言葉は、トランプ前大統領の時代以降、いま現在まで続くアメリカの不条理に抗う波と、そこから生まれたムーブメントを体現するものです。女性たちが変化を求めた声、それに賛同して沈黙を破る声。時計の針を巻き戻して、その声がうねりとなり始めた2017年時点に立ち戻ってみたいと思います。
2017年1月、トランプ大統領が就任した翌日、アメリカ全土でウィメンズ・マーチ(Women's March)という名のデモ行進が行われ、何十万人もが参加しました。同意なしで「女性器を掴んでやる」という発言をしたり、不倫相手のポルノ女優に口止め料を払った事実などが発覚しながらも当選したトランプ大統領に、広く抗議の声を上げるデモンストレーションでした。
MeeTooでフェミニズム運動に火が付いた
2022年には人工妊娠中絶の権利を認める米連邦最高裁判所の「ロー対ウェイド(Roe v. Wade)」判決が覆される前代未聞の事態になりましたが、この2017年のデモで掲げられたスローガンに、いかなる理由であっても人工妊娠中絶を違法にすべきという一部のトランプ支持層の考え方への反対意見として“My Body, My Choice”(私の身体、私の選択)がありました。
性交や妊娠、そして中絶など、女性の身体に関する選択は(倫理と健康の範囲内で)女性個人に選択権があるという主張。これはロー対ウェイド裁判で訴えられ、獲得された権利だったのですが、トランプ政権下で危うくされるのではという危機感と予兆がすでに広く共有されていたために、奇しくもウィメンズ・マーチの大きなテーマになっていたのです。
一方で2017年10月には、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインのセクシャル・ハラスメントが告発され、MeTooのSNS投稿とともにフェミニズムのムーブメントに火が付きました。