公園の薄暗い雑木林に連れ込まれ…

カフェでお茶を飲む時間がもったいないなんて、ヤリモクのフラッグが立ちまくりなのに、なぜかユウタさんの仕事の話を聞いているとそんなふうにはまったく思えなくなっていた。私はまだまだ見極めが甘いようだ。

仕方なく途中で有名ペストリーショップのスウィーツやサンドイッチ、コーヒーを買い込む。公園に着いた時はかなり浮かれたピクニック気分になっていた。しかし、ユウタさんに連れていかれたのは公園の一番奥の薄暗い雑木林の中。人気はなく、夜になったらかなり恐ろしい場所だ。

夜の公園
写真=iStock.com/Raul Ruiz
※写真はイメージです

そこにシートを広げてピクニックをするというのは妙だと思ったが、獣医バイアスが邪魔をして何も下心なんてあるわけないと勝手に思い込んでしまった。私のプランでは買ってきたサンドイッチとカヌレを食べて、のんびりコーヒーを飲みながら仕事や海外旅行についておしゃべりし、それで気が合えば次のデートを約束して暗くなる前に「またね」の予定だった。

スウィーツを皿に並べていると、いきなりユウタさんがすごい勢いで抱きついてきてキスをしようとしたので驚愕きょうがくした。えっ……? まだピクニックを始めてさえいない。しかも鼻息が荒く速攻でエロモードになっている。まずい。このままでは人気がないのをいいことに、夜の新宿御苑系デートに突入されてしまう。

「ちょっと待って」と体を離そうともがくと、「えっ、なんでダメなの?」と驚かれ、さらにがしっと抱きすくめてきた。まるでさかりのついたチンパンジーだ。この公園の薄暗い場所を選んだのはもしかして、無料でラブホ代わりに使おうという魂胆だったのか?

誠実だと思っていた男性は「獣のような医師」だった

押し倒されまいと揉み合ったあげく、私はユウタさんの右手をねじり上げる作戦に出た。本気で捻ったのでかなり痛かったらしく、むっとした顔で睨みつけてくる。一瞬、逆ギレされて殴る蹴るの暴行をふるわれたらどうしようと、背中に冷たい恐怖が走った。

不意に頭の片隅に「フリーのジャーナリストがマッチング・アプリの取材中に公園で男と揉み合って怪我、病院へ搬送」的なニュースの見出しがチラつく。確かにマッチングしてからたった3、4日で、いきなりリアルに会うなんて危険すぎた。それも「獣医」という二文字につられたせいだ。もしこれが普通の会社員とかITエンジニアだったら、もっと慎重になっていただろう。いかに職業バイアスがあてにならないかを痛感した。

いや、獣を治す医師ではなくて「獣のような医師」とオチをつけるべきか。やっとの思いでユウタさんを突き放すと、彼は自分の両腕を見せて「内出血してる。こんな力で掴まなくても」と恨みがましく文句を言った。なんならこっちが過剰防衛で訴えられそうな勢いだ。とにかくやっと体が自由になった。一刻も早く逃げようとバッグを拾い、「仕事があるから」と手を振ると、ユウタさんも忌々しげにその場を去っていった。