「少し思考の幅を広げてごらんよ」

トップの仕事は決断することです。たとえ30分のミーティングでも最後には結論を出し、次のステップを指示します。そのときの拠りどころは、自分なりの価値観です。この価値観・価値基準に関係することをアンチョコには記入します。手帳を買い替える際には、アップグレードした形で転記しています。

アンチョコは次のように活用します。たとえば翌週のスケジュール(記録)を見て「日中関係のカンファレンスに出席」となっているとしたら、アンチョコの部分を開き、そこにある原理原則を参照しながら「どんなスピーチをしようか」と案をめぐらします。そのままスピーチ原稿をつくるときもあれば、ポイントだけを確認するときもあります。

僕はスピーチ原稿をすべて自分で書きます。といっても、主な目的は頭のなかの整理をすることで、スピーチ本番では何も持たずに話します。ときには手帳がスピーチのネタ元になるのです。

実はいま、開けっ放しの社長室のなかに、合計10面分の大判ホワイトボードが置いてあります。僕自身がマーカーで図表や文を書き込んでいます。これも僕にとっては超大型の手帳といえます。

大きく分けて2つの意味があります。

一つは、考え方のベースを示すということです。あるボードには、当社の現状と将来に向けた成長ストーリーが描かれています。会議のなかでは部分最適の小さな話に陥ってしまうことがありますが、それを避け、常に「全体のどの部分の話を、何のためにやっているのか」を見失わないようにするのが目的です。

もう一つは、新商品・新ビジネスを発想するためのツールです。たとえばマーケティングの担当者と翌年の商品戦略について話し合うとします。基本的にどうやって差別化をするかを論じるわけですが、差別化とはいっても、ヒットすればすぐに模倣者が現れ同質化の競争になってしまいます。本質的な差別化を行うには、この競争から抜け出さなければなりませんが、そのためのイノベーションをどうとらえるか。

技術的な側面だけではなく、お客様のとらえ方という面でもイノベーションはありえます。客対応を簡素化した家具チェーンのIKEA、大人の趣味のバイクに特化したハーレーダビッドソンといった実例があるわけです。そのことについてホワイトボードにヒントを書いておき、「少し思考の幅を広げてごらんよ」と若手の発奮を誘うのです。

会社経営の構想はトップの頭のなかにあります。それをもとにトップは個別の戦略や指示を出します。

僕も若いころは、歴代の素晴らしいトップに仕えながら、「この人はどういう構想を持っているんだろう」と知恵を絞っていました。表向きの話だけではなく裏側のサインも読み取ろうと必死でした。しかし、それにはたいへんな努力が必要です。

そこで、初めから頭の中身を公開しておこうと決めたのです。それが社長室のホワイトボードです。

ボードはわざと、外からも見えやすい位置においてあります。扉はいつも開いていますから、社長室へ忍び込んで写真を撮っていくやつもいるようです。それでいいと思うんですよ(笑)。

※すべて雑誌掲載当時

(面澤淳市=構成 澁谷高晴=撮影)
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