栄養の選択肢を狭めてはいけない
あなたの食欲は、あなたにバランスの取れた食事を摂らせるという、自然によって与えられた目的を果たそうとしているだけだ。低炭水化物食(やそのほかの極端な食事法)を阻止しようとするあらゆる衝動に逆らってまで、そういう食事を長く続けていると、そのうち体が順応する。
人間はこと食事に関しては、とてつもなく柔軟な生き物だ。伝統的なイヌイット(魚や哺乳類の肉と脂肪をベースにした食事)や、ケニアのマサイ族(動物の乳と血)、沖縄の人々(サツマイモを主食とする低タンパク質食)が粗食に適応してきたことは、ヒトという種の成功の証とされてきた。しかしマイナス面もある。
栄養素の選択を狭めれば狭めるほど、代謝の柔軟性が失われ、食生活のパターンを変えにくくなる。人間の体の仕組みは、四季折々の多様な食品を食べたり、ひもじい夜を過ごしたり、「饗宴と飢餓」の環境変化に適応したりできるよう進化してきたのだ。
人間は生理学的にいえば、どんな挑戦にも柔軟に対応できるように筋肉と腱を伸ばしておくアスリートに似ている。生理学的な仕組みを「伸ばしておく」ことができなければ、健康的で多様な食事を楽しむ能力を次第に失ってしまう。
高タンパク質/低炭水化物食で寿命が縮む
とはいえ――もしあなたが健康的な体重をオーバーしていて、とくに糖尿病や心臓病の徴候がある場合――減量が健康と寿命によい影響をおよぼし得ることは疑いようがない。肥満関連の健康障害を一気に改善できるメリットはとても大きい。
だが長寿の分子機構について解明されていることを踏まえれば、高タンパク質/高脂肪食はそれ自体、潜在的なリスクをはらんでいることがわかる。
私たちの昆虫とマウスの実験は、世界中の科学者による研究の裏づけを得て、高タンパク質/高脂肪食が動物に普遍的な、成長と繁殖を促進する太古からの生化学的経路を作動させることを明らかにした。だがそれと同時に、健康と長寿を支える補修と維持の経路をスイッチオフしてしまうのだ。
そのようなリスクが、人間に実際に存在するという証拠はあるのだろうか? それを裏づける証拠は次第に増えてきているが、確実なことがいえるようになるまでには、研究が十分に長い間にわたって実施される必要がある。
それにもちろん、人間の栄養を調べるために、生涯にわたって厳しくコントロールされた実験を、昆虫やマウスを対象に行うのと同じ方法で実施できるはずがない。また人間の短期の食事試験や栄養調査の結果の解釈にも、多くの困難がつきまとう。それでも、人間が長寿経路と成長経路に関して、イースト細胞やミミズ、ハエ、マウス、サルと同じ分子生物学的機構を共有していることは否定できない。
それでも、人間が長寿経路と成長経路に関して、イースト細胞やミミズ、ハエ、マウス、サルと同じ分子生物学的機構を共有していることは否定できない。
すると残る疑問は1つ――「高タンパク質/低炭水化物食を長期的に摂り続けると寿命が縮む」という一般法則に、人間が当てはまらない確率はどれくらいだろう? かなり低いはずだ。ほとんどないといっていいだろう。
世界の最も長寿で最も健康的な人々が、低タンパク質/高炭水化物のホールフード中心の食事をしていることを考えればなおさらだ。