LGBTQ反対派の受け皿になっている
ではなぜ、保守政治家はここまでしてトランスジェンダーやLGBTQの権利を制限しようとするのか? それは、もちろん票につながるからだ。
ピュー研究所によると、2022年の時点でアメリカ人の6割は同性婚を支持しているが、反対派も根強く存在している。例えば保守派の7割近くが同性婚に反対、特に白人のキリスト教福音派の反対は7割を超える。
キリスト教保守の教えと同性愛は相いれないと考えている人が根強いのは、中絶反対の動きとよく似ている。保守政治家はLGBTQをめぐる対立をうまく煽り、反対派の受け皿になっているのだ。
また、トランスジェンダーが芸能界を中心に活躍するようになったことも、注目を集める要因になっている。ドラマ「オレンジ・イズ・ニューブラック」でブレークしたラヴァーン・コックスや、「ユーフォリア」に出演したハンター・シェイファーなど、トランスジェンダー女性のスターが続々と誕生。メインキャストが全員トランスのドラマ「ポーズ」も大ヒットした。
今年のグラミー賞では、キム・ペトラスがトランスジェンダーの歌手として初めて、ゲイのサム・スミスとのコラボ曲で受賞。政治の世界でも、バイデン政権発足時に、保健福祉省次官補に初めてのトランスジェンダー閣僚レイチェル・レヴィンが抜擢された。
トランスジェンダーを守るのは同性婚以上に難しい
ダイバーシティ&インクルージョンを推し進めるアメリカ社会では、それぞれの分野でさまざまな人種やジェンダーを代表する人々が活躍するようになった。おかげでトランスジェンダーへの理解も好感度も飛躍的に高まったのは事実だが、目立てば目立つほど反感を買うというのも、残念ながら現実だ。
不買運動に揺れるバドライトの話に戻ると、アメリカでライトビールを飲む層は人口比率が最も高い白人が多い。こうしたLGBTQへの反感が、保守州での反トランスジェンダー法成立をきっかけに、バドライトへの集中砲火になったと考えられる。
トランスジェンダーが保守政治家のターゲットになる大きな理由がもう一つある。すでに確立されている同性婚の権利に比べ、トランスに対する見方は、リベラルなアメリカ人の間でも揺れ動いているからだ。
ピュー研究所の別の調査では、アメリカ人の6割以上は、トランスジェンダーの権利や安全は守られるべきという意見を持っている。ところが、体の性別とは異なるジェンダーを認めるかとなると、賛成は4割にとどまる。また、未成年トランスに対する「思春期ブロッカー」の使用には6割以上が反対。トランス女性が女子スポーツに参加することに対しても、6割が反対している。
人権は守るべき、でも……、という複雑な感情が渦巻いているのだ。
つまり、トランスの権利を制限することで、キリスト教福音派など極右の保守だけでなく、中道保守から、トランスの権利拡大に懐疑的な中間層まで取り込める。保守政治家はそう踏んでいるのだ。