有効期限を隠して定期券を提示した30代の女性
朝のラッシュアワー、終点の横浜駅のロータリーに到着すると、いつものように行列をなして乗客が降車していった。交通系ICカードの場合は、電子音が鳴ったかをチェックすればいいのでラクだが、電子音と電子音の合間にときおり紙の定期券を提示する人がいる。チェックするポイントは、有効期限が何月何日までか。当然、本日6月8日よりも先の日にちになっていなければならない。
すると、30代くらいに見える女性がそっぽを向いたまま、サッと定期を提示して、せかせかとバスを降りようとした。定期券の有効期限の「月」の部分の数字が、ちょうど指で隠れていて確認できなかった。私は以前にもその女性が逃げるようにバスを降りていったことを記憶していた。このくらいの世代で、交通系ICカードではなく紙の定期券を利用しているのは珍しかったので記憶に残っていたのだ。
私は不正の可能性が高いと判断し、すぐ車外マイクで降車していった女性に呼びかけた。
「お客さま、確認できなかったので、もう一度見せていただけませんか?」
そう言っても無視していなくなってしまう人もいるが、彼女は青白い顔をして戻ってきた。
「すみません。有効期限が切れていることに気づきませんでした。うっかりしていました」
そう言って詫びると、既定の料金(*3)を払った。もちろん彼女が本当にうっかりしていた可能性もある。しかし定期の有効期限は5月15日だった。3週間以上にわたって、定期を持っているにもかかわらず、一度もバスに乗っていないとは考えづらく、「意図的」だったと疑わざるをえない。
(*3)既定の料金:このような不正をすると鉄道会社では2~3倍の料金を請求するらしいが、東神バスは正規料金のみ収受する。良心的な対応だが、同時に侮られる可能性もある。
手書きで数字をくわえた定期券を使い…
ただ、「うっかりしていた」と言われれば信じるしかない。私にできるのは、料金をいただいたうえで期限切れの定期券を回収することだけだ。彼女は「ずっと旅行に行っていたから、定期を使っていなかったんです」と話した。その言葉は私への言い訳というより、降車を待つ乗客たちへの自己弁護のように聞こえた。
さらにひどいケースにも出会った。定期券の偽造である。今はパソコンやコピー機でもスキャンやデザインができるし、プリンターの性能も昔とくらべて格段によくなっていると聞く。だから、本気で定期券を偽造されれば、偽物と見破るのは難儀かもしれない。ただ、定期券の偽造などというみっともない行為をする人は、たいてい仕事が粗い。
私が出会ったお客は、2月15日までの定期券に、「2」の横に手書きの「1」をくわえて、「12」に偽装しているものだった。いまどき、小学生でもこんなマヌケな偽造(*4)はしないだろう。その定期券を提示されたとき、私は一瞬で違和感を覚え、差し出された定期券を取り上げた。
「これはなんですか?」と尋ねる。男は20代くらいの痩せ形で、黒縁メガネをかけて、小綺麗な白シャツを着ていた。一見すると、やり手のビジネスパーソンに見えなくもないが、死んだ魚のような目をしている。何を考えているのかわからない、私が苦手なタイプだった。
(*4)マヌケな偽造:偽造がいくらお粗末でも犯罪に変わりない。バス会社によっては、有価証券偽造・同行使罪で3カ月以上10年以下の懲役に処される。過去にもコンビニのコピー機で定期券を偽造した15歳の少年が逮捕された例がある。たかがバス料金で人生の経歴に傷を付けることはじつに馬鹿らしい。