不備があれば指摘はするが、頭ごなしに否定はしない

朝9時に部屋の掃除が終わると、再びスタッフが坂川の元に集まる。次は部屋以外、トイレ、洗面台、廊下、階段の掃除が待っている。

「だいたい1人で(管理棟の)1階と2階、3階と4階とか、2フロアを担当するんです。私は、何これーっ、手ぇ抜いているよー。これやっていないんじゃない? 疲れてるの? 今度はやろうなとかいう風に確認して声を掛けていくんです」

不備があれば指摘はするが、頭ごなしに否定はしないことを坂川は心がけている。そして、14時50分に全員集合、仕事は終わりとなる。

「どこそこの汚れが気になりますとか、自分では落とせませんでした、時間内にできませんでしたといった報告をしてもらうんです。

できていない場合は翌日、近くのフロアの子で誰か応援してくれないかという話をします。誰も志願者がいない場合は強制的に指名。みんなが不公平に思わないように分担してもらいます」

スタッフを帰した後、坂川は一人でもう一度、現場を見て回ることにしている。その後、買い物をして帰宅する。

「帰ってきて、ダーッと着替えて、掃除、残っていた洗濯をして、はいオッケーとなったら夕食の準備。夕食の片付けが終わった後は、もう根が生えたようにテレビの前から動かないです。

テレビ大好きなんです。恋愛物以外のドラマはとりあえず見る。恋愛物は、あー、まだぁ、もういいじゃんっ、みたいになっちゃうから。あとはゲームやったり」

「あの子たちが出ていくとき、おばあは泣くと思う」

地方都市において、大学病院は敷居が高いとされている。坂川もとりだい病院で働くまでは、しかめつらの先生や冷ややかな看護師たちばかりだと身構えていたという。

しかし、実際は違っていた。以前、『カニジル』の裏表紙に坂川が写っていたことがあった。直後、医師らしき男が「カニジルに載っとったね、見たよ、すごいね」と話しかけてきた。

鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 13杯目』
鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 13杯目』

「すいません、掃除のおばあをわざわざ取り上げてくださいましたと答えたら、いい感じだったよと」

坂川は米子の方言で自分のことを「おばあ」と呼んでいる。

「名前も知らないけど、いつも会うと世間話をする先生なんです。ナースの方々も本当にお行儀がいい。ちゃんと患者さん、命と向き合っている感じがする」

とりだい病院とスタッフの雇用期間は5年間。再来年、第1期生が巣立っていく予定だ。

「1期生は最初7人おったんだけど、しんどいですと辞めていく子がいて、今残っているのは2人。おばあも、あなたたちのタイプと一緒に仕事するのは初めてだから、わからんもん同士。

そこは気にせずに何でも言ってくださいからスタートしている。わからんだったら、わからんでもいい。そう言ってくださいと」

あの子たちが出ていくとき、おばあは泣くと思う、今から考えるだけで悲しくなると、微笑んだ。

(写真=中村 治)
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