「自分の気持ちもぶつけなさい」

坂川 ルミ子(さかがわ・るみこ)。1971年米子市生まれ。2017年、(株)さんびるへ入社。米子市内の病院でクリーンクルー(清掃員)として勤務。2020年から鳥取大学医学部附属病院管理棟の清掃チームを束ねるサポーター兼プレイヤーとして勤務。
写真=中村治
坂川ルミ子(さかがわ・るみこ)。1971年米子市生まれ。2017年、(株)さんびるへ入社。米子市内の病院でクリーンクルー(清掃員)として勤務。2020年から鳥取大学医学部附属病院管理棟の清掃チームを束ねるサポーター兼プレイヤーとして勤務。

始まりはとりだい病院総務課からの働きかけだった。

とりだい病院で障がい者雇用に力を入れているが、なかなか定着しない。障がい者の方がやりやすい仕事――清掃業を検討しているので相談に乗って欲しいという打診だった。

樋口はこう振り返る。

「我々の会社は2001年ぐらいから障がい者雇用に積極的に取り組んできました。お掃除をメインにして市役所や病院などで、“サポーター”をつけて障がい者の雇用を継続してきました。

ただ、とりだい病院からの提案は病院で雇用するという前例のない形でした。清掃技術を教えるノウハウはありますが、障がい者の方を集めるとなるとまた別の話になる。そこで障がい者就業生活支援センターに入っていただくことになりました」

米子市の障がい者就業生活支援センター『しゅーと』が募集、とりだい病院が希望者を面接して採用、さんびるが清掃指導を担当するという形を取ることになった。

当初、現場を任された坂川は戸惑いの連続だったという。

「最初にこの人はこういうタイプです、こういう癖がありますっていう表を見せてもらったんです。でもそれは個人情報に関わるのですぐに回収されてしまって、参考にはならなかった。

でもこうも思ったんです。紙の上では病名になっているかもしれないんだけれど、その人が持っている体質と捉えよう、その体質をどげに理解しようかなと。スマホでピッピッとやったら色々と出てくるかもしれないけれど」

私、勉強嫌いじゃないですかとおかしそうに笑った。

「それならばプロの門を叩けって、就労者支援センターに行ってみたんです。最初は嫌な顔されるかなーって思ったんだけど、行ってみたらすごく感じのいい人だった。(障がい者と接する)経験がないのにやるんですか? ああ、分かりました、私で役に立てるならばどうぞ、どうぞと」

どのような人間がいるのか、どこまで求めるのか聞いた上で助言をしてくれた。最も印象に残っているのは「あなたが我慢してはいけない」という一言だった。

「相手の気持ちを尊重するのはいいけど、自分の気持ちも相手にぶつけなさい、そうしないと伝わらんけんって。

彼ら、彼女らは、この人は遠慮してるんだ、やっぱりぼくたちのことを考えていないって思ってしまう。1つのチームにするには、どんどんぶつかりなよって言われました」

「突然、帰っていいですか」への返答

掃除には手順がある。例えば入り口から最も遠い場所、窓際から始めて、自分たちの跡を消すようにして出ていく。

「マイルーティンというか、手順にこだわりがある子が多いんです。時にそれを崩さなくてはならない。最初は無理ですって言うんです。大丈夫、分かっているから、少しずつ変えなさいって。最初はできんと思う、時間は掛かるかもしれないけれど、習得していけばいい。そうしたら、自分が変われたって思うからと」

坂川の言葉に気分を害するスタッフもいた。

「突然、帰っていいですかって言われたので、ああ、分かった、帰ってもいいよ、その代わり、明日は来いよって。そうしたら、んっ? ていう顔をするんです。今日はメンタルが疲れたんでしょ、疲れて帰りたいのは分かる。これから帰って明日の朝まで休憩すればいい。明日には元気になっているから来いよって」

すると、はい、分かりましたという返事が戻ってきた。

時に仕事で手を抜くスタッフには注意することもある。

「重たく言っちゃったら、(精神的に)抱えこむなっていうタイプの子もいる。そのときは、おちゃらけて、“ねぇ、先生、ちょっといい加減にしてくれないかしらー、ここ散らかってますよ”とか、コメディチックに注意したり。すると、分かりましたってにこって笑ってくれる」

やがて就労者支援センターの担当者が言ったことは正しかったと確信するようになった。

「こちらが(障がいがあるからと)遠慮したり我慢したりして、何も言わんようになったら、本人がしんどくなっちゃう。

我が家の息子2人と同じ接し方をするようにしました。いいことはいい、悪いことは悪いと言う。みんなにはしっかりと見てやるけん、第二の母と思いなさいって言ってます」