「自己啓発書ブーム」批評の登場

と、このような観察が可能になったのは、概してここ10年くらいのことであるように思われます。出版不況とその一方での自己啓発書の活況、ヒットを追って模倣作が次々と生まれる状況、さらなるアイデアが求められる状況、こうした自己啓発市場での成功を夢見る出版社や書き手の新規参入が陸続する状況、そして市場の自己活性化すら起こっている状況。

最後の点は、市場が既に飽和に近付いていることを示す徴候かもしれません。ただ、今挙げたような諸状況は自己啓発書の送り手(書き手、編集者および出版社、書店、出版支援サービスなど)が相互に絡み合った「ルーティン」になりつつあります。そのため、市場が仮に飽和したとしても、すぐに状況が変わるということにはならないでしょう。そういう意味で、まだ幾分かは「自己啓発書ブーム」は継続するように思われます。

近年、このような自己啓発書市場について、一定の距離を置いて観察・批評しようという著作が現われ始めています。先に紹介した拙著『自己啓発の時代』もそうですが、1960年代を中心に「ビジネス書」という書籍ジャンルが成立した時期の代表的著作を分析した川上恒雄『ビジネス書と日本人』(PHP、2012)、ビジネス書の著者・出版社・フォロワーたちのさまざまな「思惑」を暴露した先述の漆原直行『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』、自己啓発書の「極端さ」を次から次へと斬り伏せていく勢古浩爾『ビジネス書大バカ事典』(三五館、2010)などが現時点での例といえるでしょう。

『自己啓発の時代』
  牧野智和著/勁草書房/2012年

『ビジネス書と日本人』
 
川上恒雄著/PHP研究所/2012年

『ビジネス書大バカ事典』
 
勢古浩爾著/三五館/2010年

つまり、自己啓発書が何だか売れている、ネット上でも自己啓発的な文言が散見される、そんな状況って何だろうという立場からの知見が提出され始めているわけです。これらはまだ端緒についたばかりの試みだといえます。とはいえ、ここにそんなに「太い」鉱脈があるかどうかは分からないのですが。ただ少なくとも、今私たちが生きている世の中について考えるための、手がかりを生みだす試みにはなると思っています。本連載も、そのような試みの一つです。

さて、これで初回(「自己啓発書ガイド」の登場)は終了です。どのような感想をもたれたでしょうか。忌憚のないご意見・ご批判あるいは情報提供等、いただければ幸いです。次回は、自己啓発書の最も根本的な「取り扱い対象」である、「心」に焦点を当ててみたいと思います。