殺伐とした空気は変えられる
「人には何か役割があって、それを探しながら生きていると思います。私にとってはこの仕事がそうです。夕張市という町も、日本にとって何か果たすべき役割があると感じています」
北海道夕張市長の鈴木直道が抱いている世界観は、ライフネット生命の岩瀬と不思議なほどよく似ている。鈴木は東京都庁職員から財政破綻した夕張市へ応援のため派遣され、そのときの実績を買われて地元有志から市長選への出馬を要請された。
鈴木を含め2人の都庁職員が夕張市へ派遣されたのは08年1月のこと。鈴木の持ち場は1階玄関前の市民課だった。前任者からの引き継ぎもなく、机の上から書類を引っ張り出してはパソコンに入力する作業の繰り返し。そのうちに夕方5時を過ぎてしまった。
誰も退庁する気配はない。サッカー場で目にするようなベンチコートをみんなが着込み、指のところが自由になる手袋を装着し始めた。すぐに全館暖房が切れ、零下十数度の外気が館内を浸す。鈴木はスーツの上にコートを羽織り、手袋をはめて作業を続けようとしたが、素手でないとうまくキーボードを叩けない。極寒の残業は延々続き、10時を過ぎたころ限界がきた。
「すみません、今日は初日につき早退させていただきます」
まるで笑い話だが、そのころ夕張市の職員には新参の助っ人を思いやるささやかな余裕もなかったのだ。
街も職場も殺伐としていた。何しろお金がない。たとえば恒例だった冬の「寒太郎まつり」には市が300万円を援助していたが、財政悪化でゼロになった。だから5年前から中止され、冬のイベントはなくなっていた。