中国や韓国では、器を持ち上げるのはタブー
私は長年、お箸についても研究し、学術論文も書いてきました。発祥について断言はできないとしても、日本の箸食文化、そこから派生している和食のマナーは、他の箸食文化のなかでも特殊だと考えています。
まず、スプーンを併用せずに、お箸だけで食事が完結するのは日本だけです。今では蓮華や小さな木さじが出されることもありますが、もともと、液状の食べものをすくって食べる食べ方は和式にはありません。
でも、お吸い物やお味噌汁など、和食にも汁状の料理はあります。みなさんは、どのようにして、こうした料理を食べますか? そう、器を手で持ち上げ、具をお箸で取って口に運びますよね。おつゆを飲むときは、器に口をつけます。
中国や韓国では、器を持ち上げるのはタブーです。中国料理には陶器の蓮華、韓国料理には金属製のスッカラというスプーンがあるので、これらの国の人たちは、器を持ち上げず、器からすくって食べるのです。東南アジアの国々も同様です。
背筋をピンと伸ばして、スッとお椀を持ち上げて汁物をいただくというマナーが身についている人の身のこなしは、それは美しいものです。和食では、もともとスプーン状の食器を使わない。だから「お椀を持ち上げて、美しく食べる」というマナーが発展したのです。
お箸を横向きに置くのは日本だけの理由
お箸そのものに目を向けてみても、やはり日本独自のものが見えてきます。
日本には、お箸にまつわる諺が100近くもあるのをご存知ですか?
古今東西、諺には生き方の訓戒が込められています。お箸を生き方に見立て、訓戒としたものが数多くあるというのは、つまり、それだけお箸という道具が日本人の精神性と切っても切れないということでしょう。
お箸を単なる「食べる道具」として見ているのなら、日本文化の根底に流れる思想を見過ごしているも同然なのです。
外国の方でも、お箸を上手に使う人が珍しくない現代です。
日本で生まれ育ったのなら、日本の食文化に対する理解度は深めておいたほうがいいのではないか、というのが私の考えです。
では、日本におけるお箸には、どのような意味があるのでしょう。
「いただきます」と同様、根底に流れているのは神道の思想です。
「八百万の神」を信じる神道に則れば、食べものとして目の前に並んでいる動植物すべてが神様に近いもの。
祭事の際、大元の神様にお供え物をするとき、「手づかみは失礼だ」という意識から、神様のための特別な道具として箸はあります。
その表れの1つが、お箸の置き方です。
和食では、お料理と自分の間に、横向きにお箸を置きますが、これには神様が宿る食べもの=神様の世界と、自分たちの世界との間に一線を引く「結界」の意味があります。
中国料理でも韓国料理でも、お箸はだいたい縦に置かれています。その他、東南アジアの国々でも同様です。箸食文化の分布は広しといえども、お箸を横向きに置くのは、神道の思想をもつ日本だけの習慣なのです。