失敗学が教えるパニック回避術

10年5月中旬、感染拡大が続く宮崎県内の口蹄疫問題について今後の対応を迫った報道陣に、東国原英夫元知事が「我々は一生懸命やっているんです。毎日寝ずに」と怒鳴り上げ、記者会見を打ち切ろうとした。非常事態の状況下ではマイナス情報が錯綜し、トップの頭のなかは混乱の極みなのかもしれない。

しかし、そうした状況であるからこそ、トップは冷静に物事をとらえ、的確な判断を行う必要がある。少しでも判断を誤れば、社会的な影響がどんどん大きくなり、組織の存続そのものも危うくなるからだ。

畑村創造工学研究所代表
畑村洋太郎

1941年生まれ。東京大学大学院工学系研究科教授を経て、現在工学院大学教授、東京大学名誉教授。2001年から畑村創造工学研究所を主宰。02年「失敗学会」を立ち上げて初代会長に就任。『失敗学のすすめ』など著書多数。

そこで「ハイテンションのまま物事を判断しようとしても間違いを起こす可能性が高い。トップは間をおいて冷静さを取り戻すことも大切です」と語るのが、東京大学名誉教授で「失敗学」を世に送り出した畑村創造工学研究所の畑村洋太郎代表だ。畑村代表によると、組織内に次第に蔓延していき、その正常な思考を乱して危機的状況へと追い込んでいく“3つの主義”が存在する。

その1つ目が「形式主義」だ。たとえば大半の企業が「コンプライアンスを徹底している」と主張する。しかし「コンプライアンスとは何か」を尋ねて返ってくるのは「法令遵守」であることが多い。「実はその答えには『法令を守ればいい』『法令を守っているからいい』という意識が潜んでいます」と畑村代表は指摘する。法令遵守は社会的な要請の一部にすぎない。社会はよき“企業市民”であることを期待している。形式的な法令遵守だけだと、次第に社会的な要請と乖離してくる。その狭間で不祥事が発生し、組織は混乱の渦に巻き込まれていく。

残る2つは「管理主義」と「数量主義」。これらについて畑村代表は「管理を徹底すればするほど、現場はいわれた通りにしていればいいという形式主義に陥ります。また、売り上げや利益などの数字を追い求める数量主義に走ると、現場で起きていることがわからなくなる。その結果、不祥事などの危機的状況が生まれてくるのです」と解説する。

そうした3つの主義を蔓延させる原因となる企業組織の行動が「見ない」「考えない」「歩かない」の“3ナイ”だそうだ。だからこそ「現地に行く」「現物に触る」「現場にいる人に会う」といった“3現”によってトラブルを防ぐことが重要になる。しかし「それだけでは不十分で、経営トップはいつも仮想演習を頭のなかで繰り返していることが必要です」と畑村代表は釘を刺す。

頻繁に現場に足を運んでいれば、ささいな変化であっても肌身を通して察知できる。そして、その変化が次に何をもたらすのか、条件を変えながらシミュレートする。さらに、そこで出てきた答えに対する予防策を練っていくのだ。