なぜ爆発的ヒットになったのか
作品が10万人(≒1.5億円)に強く響いていれば、100万人(≒15億円)に広げようという野心あるチームができる。チームの力で新海作品は広く受け入れられる形に“カルチャライズ”された、もともとの本質的な軸は残しながら。
そこに説明しがたい「時代性」(ポストジブリ時代であったこと、『シン・ゴジラ』と共鳴して東日本大震災後5年目で傷を癒やす物語が受け入れられるムードになったこと等)が偶然にも引火し、想定しない化学反応がおきたときに1000万人(≒150億円)を超える。
10万人と100万人との差を分けた要因はチームで説明がつくが、100万人と1000万人を分けた要因は作品や作家本人、チームだけではどうにも説明がしきれない。
それはコロナ禍で『「鬼滅の刃」 無限列車編』が受け入れられ、阪神大震災やオウム事件など社会全体が不穏な空気に包まれた時代に、『もののけ姫』や『ポケットモンスター』が生まれたことにも通じるだろう。
中国でもそれは同じだ。19年末の上映となった『天気の子』が50億円程度にとどまり、まさにゼロコロナ時代からの解放と共に始まる『すずめの戸締まり』が100億円を超えた。これを分けたのは、絶対的な時代性の差といえよう。
世界一周ツアーのすごい効果
加えて新海監督は『君の名は。』の成功より10年以上前から、国内の地方から海外まで映画プロモーションで行脚を続け、自らの手で小説のサイン会を開催し続けた。これは、映画監督としては珍しい腰の軽さかもしれない。
『すずめの戸締まり』でもそれは遺憾なく発揮された。
国内24都道府県・72カ所をまわった後に、2023年2月のベルリン映画祭→フランス→イギリス→韓国→中国→アメリカ→メキシコ→アメリカ→タイ→インド→韓国と数カ月にわたり、世界中のイベントを行脚している。(韓国のファンに対し「観客動員300万人到達したらまた来ます」と新海監督が以前に宣言したため)
自らがファンと向き合い続けて踏み固めた10万人との絆が、現在の『すずめの戸締まり』観客4000万人(※)、海外7割を超えるファンに届かせる大きな礎となっていることは間違いない。
※2023年4月22日 日本経済新聞 朝刊