一時は「事業仕分け」の対象になったスパコン「京」は、2011年6月、11月に世界最高速を記録して世界一に輝いた。今までのビジネスの常識を変えるとされる「スパコン」の最前線に迫る。
「2位じゃダメなんでしょうか」
「世の中にないものを作って、どのように世の中にイノベーションを起こすか。これこそが富士通に脈々と伝わるDNAで、富士通のまさにDNAを体言したのが、スーパーコンピュータ(以下、スパコン)の『京』です」
眼下に銀座、新橋の繁華街が広がる富士通本社24階の応接室で、富士通の山本正已社長は、落ち着いた口調ながらも誇らしげな様子で語った。
スパコンの「京」は、文部科学省が旗振り役となり、独立行政法人の理化学研究所とともに、富士通が開発した次世代スパコンである。
世界のスパコンランキング「TOP500」では、年に2回、6月と11月に世界最速のスパコンを発表している。11年6月同ランキングで「京」が、演算速度世界最速記録を達成して“世界最速”という称号を手に入れた。そして同年11月にも世界最速を記録し、2004年にNECが「地球シミュレータ」で世界一になって以来7年ぶりの快挙であった。
スパコンとは、内部の演算処理速度が極めて高速なコンピュータのこと。その世界の進化のスピードはドッグイヤーさながらだ。例えば、10年前のスパコンが、だいたい今個人で使用するパソコンレベルである。今回「京」が記録した前人未到の10ペタフロップスは、1秒間に10の16乗回の処理をするとてつもない速さだ。東京ドームの観客5万人が電卓を使用して、1秒間に一回の計算をすると5400年必要となるが、「京」を使えば、この計算が1秒で完了する。
世界のスパコンの開発を牽引してきたのは、アメリカで、国の威信をかけ、スパコンの開発を行っている。なぜなら軍事力、核戦略の要を支えるのがスパコンだからである。中国がスパコン開発に目の色を変えるのも、軍事戦略に不可欠だからで、両国ともスパコンの開発には、莫大な資金を投じている。
では、日本の場合はどうか。日本ではスパコンは軍事用ではなく民生用として作られている。そして「京」のアプリケーションはさまざまある。例えば、気象予測、航空機の風洞シミュレーション、分子レベルのものづくり、新しい抗癌剤などの「創薬」、ビッグデータなどのデータ解析、石油探索、防災など、数々の民生分野での利用が可能だ。
本稿が読者の手元に届く頃、2012年の「TOP500」は、米IBMのスパコン「セコイア」が「京」を抜き、世界一を戴冠している可能性がある。しかしながら、スパコンを安全保障の要と考えて作られた「セコイア」と、民生用の「京」とでは、根本的な立ち位置が全く違う。
投じられる予算も天と地ほどの違いがある。毎年、2000億円以上の資金が継続的に投入される米国。それに対して文部科学省が「京」に結実することとなる次世代スパコン開発を国家プロジェクトとして立ち上げたのは06年で、予算は約1200億円で単発だ。
にもかかわらず、「京」に至る道のりは、平坦ではなかった。
「政府の国家戦略として最先端の性能を持つスパコン・システムの研究開発を、持続的に推進していくべき」
と、文部科学省の提言で始まったが、09年の政権交代で、状況が一変する。09年11月13日、民主党最大の“ウリ”だった行政刷新会議の「事業仕分け」の中で、スパコンのプロジェクトに対して、「予算計上見送りに近い縮減」との判断を下した。事実上の“凍結”宣言だ。
「世界一になる理由は何があるんでしょうか。2位じゃダメなんでしょうか」
という、時の蓮舫議員の発言を覚えておられるだろうか。
こうした政治の科学技術への無理解に対して、声を上げたのがノーベル賞受賞者である野依良治元名古屋大学教授などの科学者たちだった。科学立国として生きる日本にとって、スパコン開発がいかに重要かを説き、最後には蓮舫たち仕分け人に、こう迫った。
「将来、歴史の法廷に立つ覚悟はあるか」
この点だけは今一度、書き記さねばならない。国家戦略の下で、大量の資金が継続的に投入される米国等とは違う環境で、日本の「科学立国」を具現化させているのは、日本の民間企業であり、それを支えているのは、企業の現場社員の情熱と矜持にあるということを。
こうして何とか「京」の開発は継続されることになった。