民間山岳遭難捜索チーム「LiSS」代表の中村富士美さんは、群馬県と栃木県にまたがる皇海山で50代の男性を捜索中、足を引きずるひげ面の男性を発見した。だが男性は、中村さんらが捜索していた男性とは別人だった。中村さんの著書『「おかえり」と言える、その日まで』(新潮社)より、一部を紹介しよう――。
険しい山並みを飛んでいく山岳救助のヘリ
写真=iStock.com/sivivolk
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「家族が戻らない」の通報が深夜に多い理由

2019年6月15日土曜日の午前4時。電話が鳴った。

会員制の捜索ヘリサービス「ココヘリ」を提供しているオーセンティックジャパン株式会社の久我一総社長からだった。

ココヘリに登録すると小さなキーホルダー型の会員証が貸与される。これが発信機となっており、遭難した場合に本人や家族からの通報を受けたら、専用の受信機を持った捜索隊がヘリコプターで上空から捜索を行い、遭難者の位置を特定するのだ。

久我社長によると、ココヘリ会員のご家族から昨晩通報が入ったのだが、現地の栃木県日光市足尾地域が天候不良でヘリを飛ばすことができない。地上から受信機を持って捜索に入ってもらえないか、という依頼だった。その日は雨。山には霧がかかり、視界が悪い。当然、ヘリを飛ばすことはできない。

登山に出かけた家族が帰らない。ご家族がその異変を感じるのは、だいたい帰宅予定日の夜だ。帰ってこない、電話もつながらない。安否を案じ、警察やココヘリといった機関に通報するのは深夜になってからが多い。ココヘリの場合は、そこから、登山者の登山計画書の確認やヘリコプターの手配などが始まる。そのため、夜明け前に私が捜索協力の連絡を受けるのも、珍しいことではない。

遭難から1日であれば生存確率は高い

その週末、私たちは別の捜索活動を予定していたが、やはり雨天のため中止にしていた。その捜索は、遭難から日が経っているケースだった。

雨天の場合、視界不良の中では効果的な捜索は行えないため、中止することが多い。また、沢の増水など捜索隊員の安全への配慮も中止する理由のひとつだ。しかし、この日に連絡を受けた遭難は、発生が前日という緊急案件だ。生存の可能性も高い。けがをして動けず、今この瞬間も救助を待っているかもしれない。私たちでできることをやろう。

地上隊が広範囲から受信できるアンテナを携行して稜線りょうせんへ上がれば、発信機の電波をキャッチできるのではないか。

そう考え、すぐに隊員の山﨑康司さんに連絡をとった。

この日もともと捜索に入る予定だった山﨑さんは、山岳ガイドであると同時に、ココヘリ捜索オペレーターとして日頃からヘリコプターに搭乗していた。

捜索や機械の扱いに慣れている山﨑さんが視界の開けている稜線から受信機をかざせば、遭難者の位置を特定できる可能性が高まるだろう。山﨑さんは足尾地域の山にも精通している。

この日の午後から、私は久我社長たちとやりとりするため東京の自宅に残り、山﨑さんともう1名が地上捜索隊として現地に入ることになった。