栃木県側から入山した50代男性
遭難者のWさんは、50代の男性である。
栃木県日光市足尾町にある国民宿舎かじか荘から入山し、庚申山、鋸山、そして日本百名山のひとつである皇海山(標高2144メートル)に登る計画だった。復路はこのルートを戻ってくる予定になっている。往復するには全行程12時間以上はかかる、とても長い縦走で、途中には梯子がかかっていたり、鋸の歯のような急な登りと下りを繰り返したりする危険箇所も多数存在している。
地上から受信機をかざすならば、鋸山の山頂が、標高も高く視界も開けていてベストだと考えた。
ただ、日光側から車で登山道まで行くには、市が管理する林道の通行許可を取得する必要があった。この日は土曜日。林道通行許可を申請し行政から許可をもらうのは難しい。また、日光側から鋸山山頂へ登るには一般的なコースでも3時間ほどかかる。
一方、群馬県沼田市栗原川林道は、通行許可を取らずに皇海山登山口まで車で行くことが可能だった(現在は通行不可)。また、登山口から皇海山の稜線までは2時間弱だ。
そのため捜索隊は群馬県側から捜索に入った。
私はWさんの奥さんと電話で連絡をとり、自己紹介をしたうえで、捜索の流れを説明し、Wさん自身が山岳保険に入っているかどうか、など基本的な確認をした。遭難発生直後だったし、ココヘリの電波が受信できればWさんの位置は特定されると考えていた。どうして電波をキャッチできないのか?
群馬県側の駐車場に残された1台のレンタカー
予想に反して、この日Wさんのココヘリ発信機の電波を受信することはできなかった。
地上からの捜索だったからだろうか。翌日には天候も回復する見込みだ。ヘリを飛ばして上空から受信機を使えば、すぐに見つけることができるはず……。
捜索隊員たちはずぶ濡れで、登山口にあたる皇海橋駐車場に戻り、翌日の捜索準備と野営の準備を始めた。
そこである違和感を山﨑さんが持ったという。
「あれ? まだ下山してないのかな?」
出発前には数台の車が駐車場に停まっていたが、隊員たちは日没と同時くらいに下山したため、一般登山者の姿もなく車はもうない……と思いきや、1台の車が残されていることに気づいたのだ。その車はレンタカーで、車内には調理するためのガスボンベなど、登山用品がいくつか残されていた。
隊員たちがいる群馬県の栗原川林道から入山するのは、皇海山のみの日帰り登山を目的とする場合がほとんどだ。それなのに、こんな時間まで車が停まっているというのはおかしい。違和感を覚えながら、この日、地上捜索隊の2人は登山口にテントを張り、一日の活動を終えた。