徳田虎雄――その名を聞いて人はどのような印象を抱くだろうか。徳洲会という巨大民間医療グループをつくり上げた実業家、地元・徳之島で逮捕者の続出する選挙戦を繰り広げた政治家……。
「最初は控えめに評しても“きわもの”という印象しか持っていませんでした」と青木理さんは言う。ところが取材を続けるうち、何か一筋縄ではいかない魅力を感じるようになった。
「きっかけはALSという難病である彼が今も徳洲会の全権限を握っていると聞き、週刊誌でインタビューしたことです。脳の機能は健全なのに身体は動かせない。最後は目の動きだけとなって、いずれはそれもできなくなるかもしれない。そんな難病と闘う彼が全権を握っているとは信じられなかった。しかし、実際に会うとその話は本当でした」
全国の徳洲会病院の会議室に備え付けられたカメラ。部屋でそれを見る徳田氏は、プラスチックの文字盤を目で追うことで指示を出す。パーティなどでも用意されたカメラが同じように動く。〈脳と眼球のみで巨大医療グループを動かす徳田の執念と怪物ぶり〉は「まるでSFのようだった」という。
そのなかで奄美の徳之島へ何度も通い、鳩山政権時代に取り沙汰された米軍基地の移設問題の深層も取材した。最初は2回ほどで終わらすはずだった週刊誌の連載は、最終的に全8回の本格的な評伝となった。
「彼のうっとうしいほどのパワーに惹かれてしまったんでしょうね。たとえ選挙違反という“悪”でも、彼のことになると関係者の話がなぜか愉快に響く。インチキな部分と人間的な部分、政治家になって悪さをする部分と、差別された貧しい島から出てきて離島医療のために力を尽くす部分。こうした極端に二面的で突出した人物を、メディアはこの2、30年で排除してきたのではないか。人間のそうした“揺らぎ”の部分を見つめていくことの大切さに、取材を続ける僕自身、気付かされたように感じたんです」