その格付けの権威から「グルメのバイブル」と評されるミシュランガイドに関心を持ったのは、20代にパリに留学していたときだったと著者は言う。
「そのころ接していた重厚で、ある意味回りくどいフランス語に比べ、ガイドの簡潔な文体、そして何より星の数で格付けを表すシステムは実にシンプルで、その明晰さに惹かれました」
ミシュランガイドは、フランスの世界的タイヤメーカーであるミシュランにより、自社タイヤのPRツールとして刊行されてきた。「日用品と異なり、タイヤを購入するのはせいぜい2年か3年に一度です。ガイドは、その間ユーザーに向け、ミシュランブランドを発信するメディアとして位置付けられているのです」と著者は説明する。
またミシュランは、すべてが首都パリに集中する中央集権国家フランスでは例外的に、地方に本社を置く唯一の大企業なのだという。「オーナー一族による保守的な社風ながら、外国人のカルロス・ゴーンを若いときに抜擢し経営者として鍛え上げるといった、開明的な一面も併せ持っています」。
そんなミシュランが、欧米圏以外では初の『東京2008』を刊行してから、今年で5年目を迎えた。「こうしたガイドの世界進出は、2000年代に入って一層加速したミシュラン本体のグローバル化と軌を一つにするものといえるでしょう」。
ただ、性急な日本進出に追い付かなかったのか、ガイドの拙速な作りには、著者の点は辛い。
「やはり、寿司や懐石料理といった和食と、フランス料理という別次元の料理を同列に比較して格付けするのは、ミシュランの魅力である明晰さを損ねるように思うのです」
だからといって、一連の日本版ガイドを「黒船」「余計なお世話」と切り捨ててしまう向きには同意できないと著者は言う。
「食の世界でもグローバル化が進む現在、ミシュランは自ら慣れ親しんだフランス料理の枠を超え、和食という異文化、いわばフランスの伝統と誇り以外のものに格付けを通して向き合おうと踏み出したのは事実です。格付け結果の是非はともかく、彼らのその姿勢は評価できるのではないでしょうか」
「エル・ブリ」の三つ星シェフ、フェラン・アドリアはじめ、現役のミシュランガイド調査員など、多くの関係者への綿密な取材を通じて書き上げられた本書。ガストロノミー(美食)の文化と、それを「格付け」を通じて洗練しようと努めるミシュランの役割を語るうえで示唆に富む、冴えた知見に満ちた一冊である。