学内からは猛烈な反対の声があがるだろうが……

そして、もうひとつの大きなポイント。社会園芸学科のリソースを活かした、新しい2学部の創設だ。現在の同学科には、恵泉女学園が創立当初から力を入れてきた園芸学の知見が蓄積されており、学部に昇格させることによって、理系的要素を増やし、千葉大学園芸学部を追うようなイメージを描ければ満点だ。新しく作りたい環境学科は、持続可能社会やエコロジーに関心の高い教員が多いので、そこをもっと体系的に発展させる。

心理学部は、なぜか社会園芸学科の中に埋もれていた心理学系の知をより強化し、学部に昇格させるもの。心理学科では心理学一般を学び、より実践的な学びを求める人向けに臨床心理学科も新設する。現状では、臨床心理士や公認心理師などの資格取得を目指すカリキュラムがないが、そこは受験生が触手を伸ばす要素として不可欠なので、ぜひとも教育体制を整えたい。平和学と人文学しかない現状の大学院にも、もちろん臨床心理学の修士課程を設ける。

ガーデニングの手
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これだけの改革をするには、かなりの犠牲(主に教員のリストラ)を強いる。学内から猛烈な反対の声があがるだろう。英語コミュニケーションと国際社会学科を解体することは、学則第1条の「真理と平和を愛し、国際的視野に立って文化の進展と社会の福祉に貢献する有為な女性を育成する」に反するという批判もあるかもしれない。しかし、だったら、学則を改正すればいい。というか、この学則は文章の後半をこう変えたい。「~有為な人間を育成する」へ。

共学化を断行すべし

そう、大改革の最後は、以上の再編と同時に断行する共学化である。女子大学が生き残るための共学化は90年代の後半から方々で実施され、結果的に踏ん張ることができている大学が大半とはいえ、崖っぷちでふらついている大学も散見される。効果のほどはやってみないと分からない。

だが、そうした実効性で考えるよりも、女子大学というあり方は歴史的使命を終えたとしたほうがずっと自然ではないだろうか。今の日本で女子大の存在意義はどこにある?