食品成分でも持久力を強化することができる

AMPキナーゼは以上のようなプロセスで、運動による持久力向上のマスターレギュレーター(主要制御因子)としても機能しています。AMPキナーゼを活性化する合成薬物であるAICARをヒトに投与すると骨格筋でAMPキナーゼを活性化し、持久力を亢進こうしんすることが知られています。

AICARは体内に吸収された後、細胞に取り込まれると代謝され、AMPと形の似た化合物へと変換されて機能を発揮します。そのためドーピング薬物の一つとして使用が禁止されています。先ほども述べたように、運動では時間差をもって骨格筋内でタンパク質合成を上昇させ、筋肥大を誘導しますが、これは腕立て伏せやスクワットを継続すると筋量が増えることの説明となります。

また、筋肉タンパク質合成の上流ではインスリンと似た機能をもつIGF-1(インスリン様成長因子-1)がその受容体を介してシグナルを伝達することによってタンパク質合成が亢進し、結果として筋肥大が導かれます。興味深いことに、複数の食品成分がAMPキナーゼ活性を上昇させることが示されています(図表3)。

【図表3】食品成分によるAMPキナーゼ活性化
食品成分によるAMPキナーゼ活性化(出所=『健康寿命をのばす食べ物の科学』)p.182

種々のフラボノイド類の合成中間体として柑橘かんきつ類などに含まれるナリンゲニン、お茶に高濃度含まれるカテキン類、ブドウ果皮に含まれるレスベラトロールなどでその作用が確認されています。

運動しなくても運動能力を高められる時代になりつつある

運動すると骨格筋でエネルギーが消費されたことを感知し、AMPキナーゼが活性化されることは先に述べました。

AMPキナーゼは全身の組織で発現しており、肝臓での役割も重要です。肝臓では運動の有無にかかわらず、エネルギーが枯渇した際に(細胞内でATPが消費されてAMP濃度が上昇)AMPキナーゼが活性化され、脂肪酸をβ酸化するなどしてエネルギー獲得の方向へと導きます。

佐藤隆一郎『健康寿命をのばす食べ物の科学』(ちくま新書)
佐藤隆一郎『健康寿命をのばす食べ物の科学』(ちくま新書)

AMPキナーゼを活性化することにより、肝細胞に過剰のトリグリセリドが蓄積することによる脂肪肝を防ぐことが期待できます。AMPキナーゼを活性化するお茶の苦み成分、カテキンを豊富に含んだ茶飲料が特定保健用食品として販売されています。レスベラトロールについては以前、長寿遺伝子サーチュインを活性化するのに効果的であるという研究結果が出され、注目を集めましたが、現在ではその直接的な作用はAMPキナーゼ活性化によると考えられています。

このような知見に基づき、食品成分の中からAMPキナーゼ活性を上昇させる化合物として、グレープフルーツ果皮に含まれる香料成分・ヌートカトンが見出されました。この成分を含む餌をマウスに18週間投与すると、含まない餌で飼育したマウスと比べて水流プールでの遠泳時間が伸び、持久力が増進することが認められています。

高齢者は加齢とともに自立活動時間が少なくなり、筋力・筋量の低下に加えて食欲も低下していきます。食品成分でAMPキナーゼ活性を上昇させることを心がければ持久力が高まり、健康維持に貢献することが期待されます。

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