なぜ「国内生産」にこだわり続けるのか
トヨタは国内で約300万台の自動車を生産して、そのうち輸出は約160万台だ。経済合理性から言えば輸出をやめて160万台は人件費の安い海外の工場で作ればいい。そうすれば海外マーケットへ輸送するコストもかからない。
だが、トヨタは国内生産を続ける。それは国内生産の台数を半分にしたら、同社だけでなくサプライヤーや周辺企業の従業員の仕事がなくなるからだ。日本の自動車産業は約550万人いるといわれている。台数を半分にしたら、従業員の半数は職を失う。
トヨタは連結企業だけで37万人もの従業員が世界中で働いている。周辺を入れると100万人近くになる。もし、その半数が職を失うとしたら、日本経済はガタガタだ。
豊田新会長はつねづねこう言ってきた。
「トヨタが長年にわたって、ずっとこだわり、ずっと“やり続けてきたこと”をお話させていただきます。
それは『国内生産300万台体制の死守』です。
これは日本だけの話をしている訳ではありません。これまで、日本がマザー工場となって、トヨタのグローバル生産を支えてまいりました。国内生産体制はグローバルトヨタの“基盤”であると言えます」
「トヨタだけを守れば良い」のではない
「しかし、これは“成り行き”であるものでも、“当たり前”にあるものでもありません。
超円高をはじめ、これまでどんなに経営環境が厳しくなっても『日本にはモノづくりが必要であり、グローバル生産をけん引するために競争力を磨く現場が必要だ』という信念のもと、まさに“石にかじりついて”守り抜いてきたものです。
トヨタだけを守れば良いのではなく、そこにつらなる膨大なサプライチェーンと、そこで働く人たちの雇用を守り、日本の自動車産業の要素技術と、それを支える技能をもつ人財を守り抜くことでもあったと考えております」(トヨタイムズ2020.05.12)
経営者にとって雇用を守るのはかっこよさを追求するからではない。
「首切りはやらない」と宣言することが従業員のモチベーションアップに結び付くからだ。安心して働くことのできる環境がなければ従業員は働かない。働かなければ会社は成長しない。
そんな社員の心理をよくわかっていたのがスーパードライをヒットさせたアサヒビールの社長、樋口廣太郎だった。
わたしは樋口さんが会長になった1994年に2度、インタビューしたことがある。スーパードライが出てから7年が過ぎていた。