※本稿は、斎藤淳子『シン・中国人 激変する社会と悩める若者たち』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
一昔前はドアのないトイレや詰まったトイレも珍しくなかった
中国のトイレは一昔前、特に辺鄙な農村では、アフリカやシベリアなど世界各国の辺境地を旅してきた国際派の強者カメラマンが「これを上回るものは見たことがない!」と唸ったほど凄まじい状況だった。
北京市内のデパートなど店舗の内装はある程度きれいでも、薄暗い廊下を経てトイレに行くと、電球が切れていたり、ドアのちょうつがいが片方取れていて斜めにぶら下がっていたり、もしくはドアが全くなかったり、下水が詰まっていたりしていた。きれいに使えるトイレはいくつもなかった。
ドアさえない状態だったから、紙など論外だった。それでも、ドアのないトイレや詰まったトイレで用を足して何食わぬ顔で涼しく去っていく猛者を目撃するたびに、自分の小ささを思い知らされたものだった。
中国のトイレといえばこんなイメージだったが、この10年くらいでこの基準もあっという間に変わった。人々の決定的な変化を感じたのはある日の夕方、近所のピカピカの駅ビルモールの込み合うトイレで若者と一緒に並んでいる時だった。
洋式トイレの個室の中に掲示してある注意書き
中国でも日本で我々が和式とよぶスタイルのトイレが長いこと基本だったが、近年は洋式がオシャレということで、都市部のレストランやデパートなどから徐々に洋式のところも増えた。ところが、少し前は、地方から出てきて、洋式トイレの使い方を知らない人が少なからずいた。
個室の中に掲示してある注意書きの中に、洋式トイレの楕円形の便座カバーの両側に上り空中で跨いでしゃがんでいる人に×印が付けられたイラストを見たことがある。その絵を見て、初めて謎が解けた。洋式の便座に泥のついた靴跡があるのは、和式の発想をそのまま当てはめてやってしまったチャレンジャーの仕業だったようだ。
そういう不慣れな人が以前はたまにいたので、確かに洋式トイレは不衛生な場合があったが、最近の都市内のモールのトイレは頻繁に掃除されているし、そういう人も急速に減ったので清潔だ。靴で乗った跡のある洋式トイレにはもうお目にかからない。だから、私も普通に洋式でも和式でも空いた所から使っていた。