漢字発祥の国でありながら、現在の中国は「簡体字」という簡略化された字体を使っている。なぜか。お茶の水女子大学の橋本陽介准教授は「中国共産党は『漢字は劣った文字』とみなしていたので、ゆくゆくはアルファベットに移行するつもりだった。簡体字はその過程にできたものだ」という――。(第1回)

※本稿は、橋本陽介『中国語は不思議 「近くて遠い言語」の謎を解く』(新潮選書)の一部を再編集したものです。

北京の人民大会堂の前に立つ人民解放軍の兵士
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漢字はいつ、どのようにして生まれたのか

漢字はおおむね甲骨文→金文きんぶんてん書→れい書→草書・行書・楷書と発展してきた。

甲骨文はいんの時代(紀元前17世紀頃~紀元前1046年)に使われていたもので、主に骨や甲羅に書かれていたもの。長らく失われていたが、清末に発見され、20世紀になってからようやく研究された。

甲骨文字は、最初に発見した王懿栄おういえいが薬として服用するための竜骨(大型哺乳類の化石化した骨)に文字が書かれているのに気がついたというエピソードがよく語られているが、これは事実ではないらしい。こうした出来すぎた物語はたいてい作り話である。

甲骨文の次の段階である金文は、青銅器に鋳込まれていたもの。中国の古代史研究と言えば、かつては漢代の『史記』など、後世に成立した文献を中心に行うものだったが、最近は発掘調査が進んだので、金文を用いた研究もさかんになっているときく。

篆書はさらにその後の時代のもので、さまざまな字体がある。文字の統一を行ったことで有名な秦の始皇帝であるが、その統一された文字はこの篆書の一種で、小篆と呼ばれている。

篆書体は曲線が多く、書きにくい。これを直線化し、書きやすくしたのが隷書で、漢代になって広まった。この隷書から草書、行書、楷書が発生し、20世紀まで使われ続けてきた。

中国と日本の漢字の決定的な違い

このように長らく使われてきた漢字であるが、現代中国語を勉強しようと思って教科書を開くと、そこには見慣れない文字が並んでいることに気がつく。

というのも現在、中華人民共和国では、簡体字と呼ばれる簡略化された字体を使用しているからである。簡略化される前のものを繁体字と呼び、台湾や香港ではまだ繁体字が使用されている。こちらは日本語の旧字体と全く同じではないものの、おおむね重なる。

日本で現在使われている漢字も、戦後に簡略化されたものであるが、中国の簡体字とは異なっている。このため、中国語を学習したてのうちは初めて見る文字の形に戸惑うことになる。

“书”は「書」だし、“过”は「過」で、一見したところではわからない。この「簡体字」とは、中国語のいかなる進化の結果なのだろうか。