中国語ではアメリカを表す漢字は「美国」だが、日本では「亜米利加」だ。なぜ国によって漢字表記が異なるのか。お茶の水女子大学の橋本陽介准教授の著書『中国語は不思議 「近くて遠い言語」の謎を解く』(新潮選書)より紹介する――。(第2回)
ワシントンD.C.の国会議事堂前で星条旗を振る人々
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日本のほうが古い表記が生き残っている

中国語を勉強し始めると、アメリカが“美国 měiguó”で、フランスが“法国 fǎguó”となっていて、日本語の「米国」「仏国」とは異なっていることに気づく。

日本語と中国語は別の言語なのだから、当てる漢字が異なっていても構わないのだが、とは言え、日中のずれがなぜ起こっているのか、気になるところだ。

日本語の「米国」は、「アメリカ」を音訳した「亜米利加」の「米」の部分を抜き出したもの。「メ」が「米」の字で当てられたわけだ。

千葉謙悟『中国語における東西言語文化交流 近代翻訳語の創造と伝播』(三省堂、2010年)によると、中国でももともとは「米」の字が使用されていたらしい。日本にはそれが伝わってきたのである。が、1860年をさかいに、中国では「美」の字が使用されることが多くなったという。

「フランス」も、もともとは中国でも「仏蘭西」のように、「仏」の字が使用されていたが、やはり1860年ごろをさかいに「法」の字が使用されることが多くなるという。つまり、日本のほうが古い表記が生き残っているのである。

翻訳語の基準が変わった

なぜ中国のほうは変わってしまったのか。それは、翻訳語の作られる中心地が移動したためであるらしい。

「亜米利加」の表記は、広東語の音に基づいて作られたものであるが、上海語や北方の方言では「米」の字はmiと発音していた。それよりは、北方方言のmei、あるいは上海語でmeと発音する「美」の字のほうが、アメリカの「メ」の音に発音が近くなる。

フランスも、「仏」の字は上海語では子音がvになってしまい、fにならない。「法」ならば、上海語でも子音がfになる。

つまり、1860年ごろから、中国語の翻訳語の基準が広東周辺から上海に移ったために表記法が変わり、それが現在の日中の違いにも反映されているということだ。